欧州経済 1 - METI転換期にあるグローバル経済の現状と今後 70 2010 White Paper...

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主要国・地域の現状と今後 第2節 通商白書 2010 69 1 (1)下げ止まっている欧州経済 欧州各国において、2008 年に発生した金融危機は、 それまで相互に好影響を与えてきた緊密な繋がりを通 じて、貿易取引の失速、金融面での負の連鎖などを引 き起こしてきた 31 EU27 か国の実質 GDP 成長率を見ると、米国のサブ プライム住宅ローン問題の影響で 2007 年秋頃から悪 化してきた成長率が、2008 9 月のリーマンショック 以降、内外需総崩れとなり、2009 年第 1 四半期にかけ て急速に落ち込んだことがわかる(第 1-2-2-1 図)。 2009 年夏以降、最悪期を脱して緩やかに回復へ向かっ ているが、国によって状況は様々である。 回復に向かった背景には、欧州各国の政府・中央銀 行による大規模な景気対策、金融緩和策等の支援があ る。未だマイナス成長、あるいは緩やかな回復軌道に 留まる中で、支援が終了する影響は大きい。EU 2011 年から対 GDP 0.5%相当の財政赤字削減を実施 する方針であり、各国とも出口戦略に向けて難しい舵 取りを行っている。以下では、各国・地域ごとの情勢 を概観する。 ①ユーロ圏 ユーロ圏の実質 GDP 成長率は、2008 年第 3 四半期 以降、外需、固定資本投資、そして在庫調整が大きく 下押しし、急速に落ち込んだ(第 1-2-2-2 図、第 1-2-2-3 図)。これは、各国の輸出の減少、とりわけユーロ圏 GDP の約 3 割を占めるドイツにおける輸出の大幅な減 少や、各国不動産市場の低迷等が大きな要因となって いるとみられる。 輸出の回復と在庫調整の進展に伴い、実質 GDP 長率は 2009 年第 2 四半期には持ち直し、2009 年第 3 半期にはプラス成長に転じたが、依然として緩慢な回 復基調となっている。 ユーロ圏の輸出を相手国・地域別に見ると、2009 年に入ってから中国を筆頭に、アジア向け輸出が危機 前の水準に回復してきている一方、欧州域内・米国、 そして我が国への輸出は、ほぼ横ばいに推移してお り、鈍い動きが続いている(第 1-2-2-4 図)。また、輸 入について見てみると、欧州域内では金融危機前から 引き続き低調である他、我が国や米国、アジア等から も総じて 2008 年末から悪化している(第 1-2-2-5 図)。 ただし、EU 全体の輸入で見ると、対中国の比率が 2 欧州経済 第 1-2-2-1 図  EU の実質 GDP 成長率の推移 0.9 0.9 1.0 1.0 0.7 0.7 0.9 0.9 0.8 0.8 0.5 0.5 0.6 0.6 0.5 0.5 0.7 0.7 -0.2 -0.2 -0.5 -0.5 -1.9 -1.9 -2.4 -2.4 -0.3 -0.3 0.3 0.3 0.1 0.1 0.2 0.2 -7.0 -6.0 -5.0 -4.0 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 2006 2007 2008 2009 2010 (前期比、%) 備考:1.実質GDP 成長率は速報値(2010年5月12日公表)。 2.いずれも季節調整値。 資料:Eurostat から作成。 輸入 在庫調整 政府支出 輸出 固定資本形成 民間消費 実質 GDP 成長率 第 1-2-2-2 図  ユーロ圏の実質 GDP 成長率の推移 備考:1.実質 GDP 成長率は速報値(2010 年 5 月 12 日公表)。 2.いずれも季節調整値。 資料:Eurostat から作成。 -6.0 -5.0 -4.0 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 (前期比、%) 2007 2008 2009 2010 0.4 0.6 0.4 0.8 -0.3 -0.4 -1.9 -2.5 -0.1 0.4 0.0 0.2 輸入 在庫調整 政府支出 実質 GDP 成長率 輸出 固定資本形成 民間消費 第 1-2-2-3 図  ユーロ圏主要国及び英国の実質GDP 成長率の推移 -4 -3 -2 -1 0 1 2 2006 2007 2008 2009 2010 英国 ドイツ フランス ユーロ圏 (前期比、%) 備考:季節調整値。 資料:Eurostat から作成。 フランス 0.1% 英国 0.2% ユーロ圏 0.2% ドイツ 0.2% 31 経済産業省(2009)『通商白書2009』。

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  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 69

    第1章

    (1)下げ止まっている欧州経済欧州各国において、2008年に発生した金融危機は、

    それまで相互に好影響を与えてきた緊密な繋がりを通じて、貿易取引の失速、金融面での負の連鎖などを引き起こしてきた 31。

    EU27か国の実質GDP成長率を見ると、米国のサブプライム住宅ローン問題の影響で2007年秋頃から悪化してきた成長率が、2008年9月のリーマンショック以降、内外需総崩れとなり、2009年第1四半期にかけて急速に落ち込んだことがわかる(第1-2-2-1図)。2009年夏以降、最悪期を脱して緩やかに回復へ向かっているが、国によって状況は様々である。回復に向かった背景には、欧州各国の政府・中央銀行による大規模な景気対策、金融緩和策等の支援がある。未だマイナス成長、あるいは緩やかな回復軌道に留まる中で、支援が終了する影響は大きい。EUは2011年から対GDP比0.5%相当の財政赤字削減を実施する方針であり、各国とも出口戦略に向けて難しい舵取りを行っている。以下では、各国・地域ごとの情勢を概観する。

    ①ユーロ圏ユーロ圏の実質GDP成長率は、2008年第3四半期

    以降、外需、固定資本投資、そして在庫調整が大きく下押しし、急速に落ち込んだ(第1-2-2-2図、第1-2-2-3図)。これは、各国の輸出の減少、とりわけユーロ圏GDPの約3割を占めるドイツにおける輸出の大幅な減少や、各国不動産市場の低迷等が大きな要因となっているとみられる。輸出の回復と在庫調整の進展に伴い、実質GDP成

    長率は2009年第2四半期には持ち直し、2009年第3四半期にはプラス成長に転じたが、依然として緩慢な回復基調となっている。ユーロ圏の輸出を相手国・地域別に見ると、2009

    年に入ってから中国を筆頭に、アジア向け輸出が危機前の水準に回復してきている一方、欧州域内・米国、そして我が国への輸出は、ほぼ横ばいに推移しており、鈍い動きが続いている(第1-2-2-4図)。また、輸入について見てみると、欧州域内では金融危機前から

    引き続き低調である他、我が国や米国、アジア等からも総じて2008年末から悪化している(第1-2-2-5図)。ただし、EU全体の輸入で見ると、対中国の比率が

    2 欧州経済

    第1-2-2-1図 �EUの実質GDP成長率の推移

    0.90.9 1.01.0 0.70.7 0.90.9 0.80.8 0.50.5 0.60.6 0.50.5 0.70.7-0.2-0.2-0.5-0.5

    -1.9-1.9-2.4-2.4

    -0.3-0.30.30.3 0.10.1 0.20.2

    -7.0-6.0-5.0-4.0-3.0-2.0-1.00.01.02.03.04.0

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    2006 2007 2008 2009 2010

    (前期比、%)

    備考:1.実質GDP成長率は速報値(2010年5月12日公表)。2.いずれも季節調整値。

    資料:Eurostatから作成。

    輸入在庫調整政府支出

    輸出固定資本形成民間消費

    実質GDP成長率

    第1-2-2-2図 �ユーロ圏の実質GDP成長率の推移

    備考:1.実質GDP成長率は速報値(2010年5月12日公表)。2.いずれも季節調整値。

    資料:Eurostatから作成。

    -6.0-5.0-4.0-3.0-2.0-1.00.01.02.03.04.0

    (前期比、%)

    2007 2008 2009 2010

    Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    0.4 0.6 0.4 0.8

    -0.3 -0.4

    -1.9 -2.5 -0.1

    0.4 0.0 0.2

    輸入在庫調整政府支出実質GDP成長率

    輸出固定資本形成民間消費

    第1-2-2-3図 �ユーロ圏主要国及び英国の実質GDP成長率の推移

    -4

    -3

    -2

    -1

    0

    1

    2

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ2006 2007 2008 2009 2010

    英国ドイツフランスユーロ圏

    (前期比、%)

    備考:季節調整値。資料:Eurostatから作成。

    フランス0.1%

    英国0.2%ユーロ圏0.2%

    ドイツ0.2%

    31 経済産業省(2009)『通商白書2009』。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade70

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    2010年1月で18.5%と依然トップシェアを示しており、第2位の対米国の11.1%と比較しても、中国の存在感の大きさがわかる32。需要減少に伴って大幅な下押し要因となっていた在庫の調整は進んでいる。ユーロ圏の生産及び在庫の状況を在庫循環図で確認すると、調整局面から生産拡大局面へと、好転に向かっていることが確認できる(第1-2-2-6図)。ただし、生産が輸出の回復にも後押しされて改善しつつある一方、設備稼働率は未だに低水準にあり、企業の設備投資が戻るまでには時間がかかるとみられる(第1-2-2-7図)。金融危機後の雇用悪化の程度は国によって大きなばらつきがあり、特にスペインとドイツの失業率が対照的な動きを示している。スペインでは、リーマンショックが発生した2008年9月を境に失業率が急上昇し、2010年に入っても18%を超える高水準に留まっている。一方、ドイツでは、失業率のみに着目する

    と、金融危機後もほぼ横ばいに推移しており、水準としても、7%台である(第1-2-2-8図)。この点の詳細は後述することとする。景気の先行きが不透明な中、各国とも消費者マインドには大きな改善がみられず、個人消費は軒並み鈍い動きを続けている(第1-2-2-9図)。自動車を除く小売

    第1-2-2-4図 �ユーロ圏の輸出の推移

    日本 ASEAN 中国インド ユーロ圏域内 EU27米国

    (2008/07=100)

    65

    75

    85

    95

    105

    115

    125

    135

    08/07 08/09 08/11 09/01 09/03 09/05 09/07 09/09 09/11 10/01

    備考:輸出額の季節調整値。EU27はユーロ圏除く。資料:Eurostatから作成。

    第1-2-2-5図 �ユーロ圏の輸入の推移

    08/07 08/09 08/11 09/01 09/03 09/05 09/07 09/09 09/11 10/01

    備考:輸入額指数の季節調整値。EU27はユーロ圏を除く。資料:Eurostatから作成。

    65

    70

    75

    80

    85

    90

    95

    100

    105 日本 ASEAN中国 インドユーロ圏域内 EU27米国

    (2008/07=100)

    第1-2-2-6図 �ユーロ圏の在庫循環図

    -24-21-18-15-12-9-6-30369

    -20 -15 -10 -5 0 5 10 15在庫DI(前年差、Pt)

    鉱工業生産(前年比、%)

    生産拡大

    調整局面

    00/Q1 ~ 02/Q491/Q1 ~ 95/Q3

    09/9月

    08/5月

    10/1月

    06/6月

    備考:91/Q1 ~ 95/Q3は1992 ~ 1993年の欧州(ERM)通貨危機、00/Q1~ 02/Q4は米国の景気減速の影響による景気後退期を示す。

    資料:欧州委員会サーベイ、Eurostatから作成。

    第1-2-2-7図 �ユーロ圏の設備稼働率

    75.5

    79.8

    70.9

    76.4

    68.6

    60

    65

    70

    75

    80

    85

    90

    95

    100

    03/01 04/01 05/01 06/01 07/01 08/01 09/01 10/01

    (%)

    資料:欧州委員会サーベイから作成。

    イタリアドイツ スペイン

    フランスユーロ圏

    第1-2-2-8図 �ユーロ圏主要国の失業率の推移

    7.3

    19.1

    10.1

    8.8

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01

    ユーロ圏 ドイツスペイン フランスイタリア

    備考:季節調整値。資料:Eurostatから作成。

    (%)

    10.0

    32 World Trade Atlas。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 71

    第1章

    売上高指数の動向を見ると、各国ともリーマンショック後から悪化、特に急速な雇用悪化に見舞われたスペインにおいては減少幅が大きい(第1-2-2-10図)。自動車販売については、2009年前半に相次いで実施された自動車購入支援策の影響で各国とも好調に推移したが、支援実施期間の終了や支援規模の縮小に合わせ、駆け込み需要の発生や反動減が発生しており、順調な回復とは言いがたい状況である(第1-2-2-11図)。景気回復が緩やかな中、雇用・所得・消費の回復には時間がかかるとみられる。単一通貨ユーロを導入した欧州の通貨統合については、これまでも、金融政策・為替政策の権限がECBに一元化され、域内個別国の情勢に合わせた金利調節等ができないことが課題として指摘されてきた。また、為替による経常収支調整機能が働かないこともあり、域内での経常収支不均衡が是正されず、ユーロ導

    入以降、更に拡大してきているのが実態である(第1-2-2-12図)。この他、ユーロ圏域内の国が過剰債務を抱え、デフォルトリスクが高まった際にEUやECBとしてどのように対応するか、方針が定まっていない状況であった。こうした中、2009年10月、ギリシャでは政権交代に伴い、旧政権が財政赤字を過小評価していたとし、対GDP比3.7%とされていた財政赤字が12.7%に修正 33された。この結果、同年12月には主要格付け機関によってギリシャ国債の格付けが引き下げられ、同国債は暴落した。イタリア、スペイン、ポルトガル、アイルランド等、財政事情が厳しい他のユーロ圏諸国にも懸念が広がり、ユーロ圏内でのソブリンリスクへの対応について、課題が表面化したと言える(第1-2-2-13図、第1-2-2-14図、第1-2-2-15図)。

    第1-2-2-9図 �ユーロ圏の消費者信頼感指数の推移

    -50

    -40

    -30

    -20

    -10

    0

    10

    20

    07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01 10/04

    ドイツ スペイン フランス イタリア ユーロ圏

    (pt)

    備考:消費者信頼感指数は、向こう一年間の①金融情勢の見通し、②経済情勢見通し、③失業懸念、④貯蓄見通し、それぞれの DI 値から算出される。

    資料:欧州委員会サーベイから作成。

    第1-2-2-10図 �ユーロ圏の小売売上高指数の推移

    90

    95

    100

    105

    110

    115

    120

    07/01 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01

    ユーロ圏 ドイツ スペインフランス イタリア

    備考:季節調整値。資料:Eurostat、イタリア国家統計局から作成。

    (2007/1=100)

    第1-2-2-11図 �ユーロ圏の新車登録台数の推移

    0

    08/07

    08/08

    08/09

    08/10

    08/11

    08/12

    09/01

    09/02

    09/03

    09/04

    09/05

    09/06

    09/07

    09/08

    09/09

    09/10

    09/11

    09/12

    10/01

    10/02

    10/03

    ユーロ圏 ドイツ スペイン フランス イタリア

    (2006=100)

    備考:1.季節調整値。2.図表中、期間の表記は新車購入支援策実施期間。

    資料:Eurostatから作成。

    スペイン:2009/5-2010

    イタリア:2009/2-2010/3フランス:2009/3-2010/12

    補助額減額

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    ドイツ:2009/1-2009/12

    第1-2-2-12図 �ユーロ圏域内各国経常収支の推移

    その他赤字国 イタリア フランススペイン その他黒字国 オランダドイツ ユーロ圏

    -6

    -5

    -4

    -3

    -2

    -1

    0

    1

    2

    3

    4

    1995 1997 1999 2001 2003 2005 2007 2009

    (ユーロ圏名目GDP比率、%)

    備考:その他黒字国はベルギー、ルクセンブルク、オーストリア、フィンランド。その他赤字国はアイルランド、ギリシャ、ポルトガル。ユーロ圏はキプロス、マルタ、スロベニア、スロバキアを除く12か国。

    資料:AMECOから作成。

    33 欧州連合(EU)統計局は2010年4月22日付で2009年のギリシャの財政赤字を対GDP比12.7%から13.6%に上方修正した。これを受けて、主要格付け機関は更に一段階ギリシャ国債の格付けを引き下げる方針を発表し、市場では同国債が急落した。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade72

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    当面のギリシャ問題 34への対応については、同国の支援要請に応じる形で、ユーロ圏諸国が IMFとの連携で金融支援を行うことになっている。また、今後

    の債務危機問題への備えとしては、例えば、欧州政策研究センター(CEPS)のレポートにおいて、欧州版IMF(EMF)構想 35が提唱されている。中長期的には、各国が財政規律を強化することはもちろん、このように補完的なシステムを設けることも検討されるべきだろう 36。

    (a)ドイツユーロ圏GDPの約3割を占めるドイツの実質GDP

    成長率は、大規模な経済対策や外需の回復に支えられ、2009年第2四半期からプラス成長へと転じた。しかし、企業の雇用・設備投資調整が長引くなか、個人消費や固定資本投資を中心に再び悪化する傾向もみられ、持ち直しペースが鈍化している(第1-2-2-16図)。成長率改善に寄与した輸出の仕向け先別寄与度を見ると、EU域内向け輸出の寄与度が大きいことが確認できる。また、規模では小さい 37ものの、中国を筆頭としたアジア及びユーロ圏域外欧州諸国は2009年

    第1-2-2-13図 �対ドイツ国債の利回りスプレッド

    -1

    0

    1

    2

    3

    4

    5

    99/01 00/01 01/01 02/01 03/01 04/01 05/01 06/01 07/01 08/01 09/01 10/01

    (bp)

    備考:ドイツ10年物国債利回り(月次)と各国10年物国債利回り(月次)の差を算出。

    資料:ECBから作成。

    スペインギリシャイタリア

    フランスアイルランドポルトガル

    第1-2-2-14図 �欧州各国の政府債務残高�(一般政府)対GDP比

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    2011201020092008200720062005200420032002200120001999

    ドイツ アイルランド ギリシャスペイン フランス イタリアポルトガル 英国 デンマークスウェーデン

    (GDP比、%)

    備考:2010年以降は予測値。資料:AMECOから作成。

    第1-2-2-15図 �欧州各国の財政収支対GDP比

    資料:Eurostatから作成。

    (GDP比、%) スウェーデンデンマーク英国ポルトガルイタリアフランススペインギリシャアイルランドドイツ

    20092008200720062005200420032002200120001999-16-14-12-10-8-6-4-202468

    -14.3-13.6-11.5-11.2-9.4-7.5-5.3-3.3-2.7-0.5

    34 Paul De Grauwe (2010), “Crisis in the eurozone and how to deal with it”, CEPS Policy Briefs, 2010.2では、ギリシャの危機がユーロ圏の危機となった原因は①ギリシャ政府、②金融市場、③ユーロ圏当局の三者にあるとして分析している。①については統計改ざんの問題、②については民間格付け機関が国債を格付けすることに伴う問題、③については、ユーロ圏各国がギリシャをサポートする意思を速やかに表明しなかったことや、ECBがギリシャ国債の担保適格性を曖昧にしてしまったことを挙げている。その上で、短期的な対策として、①EU各国が救済へ向けて速やかに行動すること、②レポ取引における担保適格性を判断するにあたっては、ECB自身が国債を格付けすることなどを提言している。また、中長期的な課題として域内の競争力格差の拡大を提示し、欧州版 IMF(EMF)や共通ユーロ債市場の設立など、統合を深化させる方向で解決することを提言している。

    35 Daniel Gros and Thomas Mayer (2010), “How to deal with sovereign default in Europe: Towards a Euro(pean) Monetary Fund”, CEPS Policy Briefs, 2010.2では、現行のユーロ圏を前提とした上で、国家債務問題が生じた際に「秩序だったデフォルト」を可能にする仕組みとして「欧州通貨基金(EMF)」を提唱している。この構想では、財政規律違反国が資金を拠出し、各国は原則として出資の範囲内で資金を引き出すことが可能となる。出資額を超える引き出しには厳格な条件と監視が義務付けられ、条件が履行できない場合はペナルティも発生する。デフォルトした国債については、一定のヘアカット(担保掛目)をつけた上でEMF債と交換(具体的には、例えばデフォルトした国の対GDP比60%を上限に国債を評価する制度とした場合、対GDP比120%の規模の債務がデフォルトすると、60/120で、対象となる国債の50%がEMF債と交換される)。協力を拒む国に対してもペナルティをつけるという。

    36 この他、通貨政策・金融政策が一元化されている中で、域内各国経済の競争力に格差が生じているという問題がある。European Commission (2010), “Quarterly Report on the Euro Area - Volume 9 No 1”では、ユーロ圏内の経常収支不均衡、競争力格差の拡大について分析している。世界経済危機によって縮小した経常収支格差が景気回復後に元に戻る可能性や、経済危機後も競争力格差はわずかにしか是正されていないことなどを指摘。ユーロ導入国は、更なる格差拡大防止のため構造改革を実施し、経済協力を緊密化させることが必要としている。

    37 2009年ドイツの対アジア輸出はドイツ輸出全体の14%に留まり、対EU域内輸出が63%を占めている。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 73

    第1章

    前半から比較的底堅く推移していることが分かる(第1-2-2-17図)。今後しばらく欧州全体として回復が弱含みであることから、ドイツ企業にとって欧州域外の輸出拡大・販路開拓は重要な取組の1つとなると言えるだろう。ドイツ企業の景況感について、現況と今後の期待を合わせて指数化している Ifo景況感指数をみると、景気対策が発表された2008年11月~2009年1月頃から期待指数が先行して改善し、2009年第2四半期には全体として改善傾向となっている(第1-2-2-18図)。景気の持ち直しは鈍いものの、企業のマインドは改善に向かいつつある。ドイツ政府は、金融危機発生以降、2009年前半までに2つの大規模な景気対策パッケージ(各500億ユーロ相当と発表)を実施した 38。この他、2009年秋には児童手当の引き上げや相続税の軽減など、更に85億ユーロ相当の負担軽減を含む「経済成長促進のための税制改正法」が成立し、2010年1月より施行している。中でも、操業短縮に伴う労働者への賃金補填制度

    (操短制度)の拡充政策は、前述の通り失業率の上昇を抑え、ドイツの失業率は2009年夏以降、ほぼ横ば

    いに推移している(前掲図表:ユーロ圏主要国の失業率の推移)。また、直接的な消費刺激策として、新車購入支援策39が一時的に大きな効果をもたらしたが、支給期間終了に伴って反動減が生じている(前掲図表:ユーロ圏の新車登録台数の推移)。家計収入の動向を見ると、金融危機直後は財産所得が大きく下押し、可処分所得は前期比マイナス0.7%まで落ち込んだ。その後、賃金・給与も大幅に悪化したが、社会保障給付に支えられて持ち直してきた。税負担の減少もプラスに作用したが、2009年後半には、

    第1-2-2-16図 �ドイツの実質GDP成長率の推移

    備考:1.実質GDP成長率は速報値(2010年5月12日発表)。2.いずれも季節調整値。

    資料:Eurostatから作成。

    -8.0

    -6.0

    -4.0

    -2.0

    0.0

    2.0

    4.0 (前期比、%)

    1.60.4 0.7 0.2 0.2

    -3.5-2.4

    -0.3-0.6

    輸入在庫調整政府支出実質GDP

    輸出固定資本形成民間消費

    2008 2009 2010

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    第1-2-2-17図 �ドイツの輸出及び輸出先地域別寄与度

    1.2

    -25

    -20

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    10

    15

    08/06 08/08 08/10 08/12 09/02 09/04 09/06 09/08 09/10 09/12

    (%)

    その他新興アジア 中国米国 EU27ユーロ圏 輸出額成長率

    備考:1.後方3ヶ月移動平均値の3ヶ月前比。2.EU27はユーロ圏を除く。その他新興アジアはASEAN、インド、

    韓国、香港、台湾。資料:World Trade Atlasから作成。

    第1-2-2-18図 �Ifo景況感指数の推移

    -50

    -40

    -30

    -20

    -10

    0

    10

    20

    30

    07/01 07/07 08/01 08/07 09/01 09/07 10/01

    景況感指数現況指数期待指数

    備考:季節調整値。資料:Ifo Instituteから作成。

    (DI値)

    38 欧州委員会資料によると、2009~2010年にかけて、ドイツは真水で対GDP比3.6%の対策規模、約900億ユーロ相当の経済対策を実施している。

     2008年12月21日に成立した緊急経済対策は、復興金融公庫(KfW)の中小企業向け融資拡大、定率償却制度の時限的復活、「CO2建築物改修プログラム」への投資増額、騒音対策・道路整備等交通関係の投資の早期実施、連邦と州の共同任務となっている「地域的経済構造の改善」のための連邦経済技術省の財政資金の増額、手工業者による家屋の維持・補修等に係る税額控除の限度額拡大、定められた環境基準を満たす自動車の購入についての最長2年間自動車税免除、高齢者および未熟練労働者に対する特別プログラム(WeGebAU)の拡充などを含む。また、2009年2月20日に成立した第二次緊急経済対策「雇用と安定のためのパッケージ」は、所得税減税、公的健康保険の保険料引き下げ、子ども一人あたり100ユーロの一時金(子どもボーナス)支給及び長期失業者に対する児童手当引き上げ、操業短縮制度の拡充、学校・保育所・病院・道路など整備にかかる投資、気候保全及びエネルギー効率向上のための中小企業の研究開発支援、新車購入支援策などを実施するとしている。

    39 車齢9年以上の車を一定の環境基準を満たす新車(登録後1年未満の中古車含む)に買い替える場合に、2,500ユーロの補助金を支給する。2009年1月~同年9月まで実施。予算は当初15億ユーロ(60万台分)だったが、反響が大きく、2009年4月に50億ユーロ(200万台分)に増額された。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade74

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    財産所得の更なる悪化、社会保障給付の減少などにより、可処分所得は悪化する傾向に転じている(第1-2-2-19図)。このような環境下で、消費者マインドも低水準に留まっており、個人消費の回復には時間がかかるとみられる(前掲第1-2-2-9図)

    (b)フランスフランスでは、先進国の中でも住宅バブル崩壊の影響並びに今般の金融危機によるマクロ経済への影響が、比較的小さく抑えられてきた。2008年第2四半期から固定資本形成が主要な下押し要因となって徐々に成長を鈍化させており、リーマンショック後の2008年第4四半期には前期比マイナス1.7%まで落ち込んだが、2009年第2四半期以降、輸送機械を中心とする輸出の持ち直しによって実質GDP成長率は回復へし、緩やかにプラス成長を続けている(第1-2-2-20図)。フランスにおいては、政府が企業・産業の支援を軸とした景気対策を実施している。金融危機発生直後の2008年10月に、新規投資に対する職業税の免除、企業救済を目的とした政府系ファンドの設立、銀行から企業への融資を監視するオンブズマンの設置等を内容とする景気刺激策 40を発表した。その後、同年12月には包括的景気刺激策として、経済の活性化計画の実施 41を発表し、2009年には真水で対GDP比1.0%(約195億ユーロ)相当の対策を実施している。こうした支援による下支えもあり、業種別の景況指

    数を見ると、製造業・サービス業は2009年半ばから回復し、2009年10月以降、ほぼ横ばいで推移している。また、2008年第2四半期以降大きく落ち込んだ不動産市場が安定に向かう中、建設業の景況感も悪化に歯止めがかかり、2009年半ばからほぼ横ばいとなっている(第1-2-2-21図)。フランスの動向の特徴として、金融危機前後を通じて、個人消費が拡大基調となっている点が挙げられる。これは主としてサービス消費がプラス成長を維持していたことによるものだが、小売売上高指数で見ても、他のユーロ圏諸国に比して堅調に推移している(前掲第1-2-2-11図)。新車登録台数については、2009年第4四半期に大幅な伸びが見られた後、2010年に入り減速している。新車購入支援策による補助金が

    第1-2-2-19図 �ドイツの可処分所得と収支・支出項目別寄与度の推移

    -0.5

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

    2007 2008 2009

    財産所得 消費税等社会保障給付金 所得税・社会保障負担賃金・給与 可処分所得

    備考:消費税等は、社会保障給付金にかかる課税も含む。資料:ドイツ連邦統計局から作成。

    (前期比、%)

    -2.5-2.0-1.5-1.0-0.50.00.51.01.5

    2.52.0

    第1-2-2-20図 �フランスの実質GDP成長率の推移

    0.2 0.5

    -0.6 -0.3

    -1.7 -1.4

    0.2 0.3

    0.5 0.1

    -4.0

    -3.0

    -2.0

    -1.0

    0.0

    1.0

    2.0

    3.0

    Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ ⅠⅡ Ⅲ Ⅳ

    2007 2008 2009 2010

    輸入在庫調整政府支出実質GDP

    輸出固定資本形成民間消費

    (前期比、%)

    備考:いずれも速報値(2010年5月12日公表)、季節調整値。資料:INSEEから作成。

    第1-2-2-21図 �フランスの製造業、建設業、サービス業における景況指数の推移

    60

    70

    80

    90

    100

    110

    120

    07/01 07/07 08/01 08/07 09/01 09/07 10/01

    資料:INSEEから作成。

    製造業

    建設業

    サービス業(除く運輸業)

    長期平均

    40 3年間で1,750億ユーロを投じるとされている。2008年10月23日発表。41 主な内容は以下の通り:①企業への研究開発税制・付加価値税に関する還付の前倒し、②国営企業によるインフラ投資、③自動車産

    業・建設産業の支援(車齢10年以上の車両を環境性能の高いものへ買い替えた場合の1,000ユーロの補助金など)、④中小企業支援(個人事業支援に2,500万ユーロなど)、⑤住宅関連への支援(公営住宅10万戸の新規建設、初回の住宅購入者向けの無利子ローン融資枠倍増など)、⑥低所得家庭の支援(世帯当たり200ユーロの特別給付支給)、⑦雇用対策(被用者が10人以下の企業で、2009年末までに新規に雇用を行った企業に対し、社会保障の事業主負担分を軽減)等。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 75

    第1章

    2010年1月から減額された影響によるものと考えられる(前掲第1-2-2-11図)。フランスの失業率は、10%以上まで上昇している

    (前掲第1-2-2-8図)。一方で、所得の状況を見ると、賃金の悪化に比べて、可処分所得は社会保障給付金の下支えもあり、伸び率の鈍化に留まっており、堅調な個人消費の背景となっていると考えられる(第1-2-2-22図)。

    ②英国英国では、住宅バブル崩壊による信用収縮、金融危機等による家計のバランスシート調整圧力の高まりを受けた個人消費・住宅投資の低迷が、成長率の主要な押し下げ要因となってきた。

    2009年第1四半期には、実質GDP成長率が前期比マイナス2.6%まで落ち込んだものの、政府の支援策に下支えされ、2009年第4四半期には7四半期ぶりにプラス成長へ転じている(第1-2-2-23図)。しかし、政府債務残高(一般政府)が対GDP比70%近傍まで膨れ上がる中、英国政府は2009年プレバジェット(2010年度予算編成方針)において、財政収支改善を目指すとしている。英国の産業別信頼感DIを見ると、各産業とも2009年前半に底を打ち、2009年後半は概ね改善に向かっている。ただし、建設業の信頼感は、商業用不動産を中心に不動産市場の回復が遅れる中、低水準で推移している(第1-2-2-24図)。金融危機の発生を受けて急速に落ち込んだ輸出・生産については、2009年秋頃か

    ら改善に向かい、輸出は2009年末から前年比プラスへ転じその後も回復を続けている一方、生産は厳しい状況が続いている(第1-2-2-25図)。住宅市場は、2008年秋以降、印紙土地税の免除上限額引き上げ 42や、住宅ローン返済支援等、政府の

    第1-2-2-22図 �フランス可処分所得と家計収入の動向

    -1.0

    -0.5

    0.0

    0.5

    1.0

    1.5

    2.0

    2.5

    3.0

    3.5

    Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

    2007 2008 2009

    (前期比、%)

    備考:季節調整値。資料:INSEEから作成。

    賃金・給与社会保障給付

    利子所得可処分所得

    第1-2-2-23図 �英国の実質GDP成長率の推移

    備考:1.実質GDP成長率は速報値(2010年5月12日公表)。2.いずれも季節調整値。

    資料:Eurostatから作成。

    -6

    -5

    -4

    -3

    -2

    -1

    0

    1

    2

    3(前期比、%)

    2008 2009 2010

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    0.7

    -1.8-2.6

    -0.7

    0.4 0.2 -0.1-0.9

    -0.3

    輸入在庫調整政府支出実質GDP

    輸出固定資本形成民間消費

    第1-2-2-24図 �英国の産業別信頼感(DI)の推移

    -70

    -60

    -50

    -40

    -30

    -20

    -10

    0

    10

    20

    30

    07/01 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01 10/04

    製造業 サービス業 小売業 建設業

    (pt)

    資料:欧州委員会から作成。

    第1-2-2-25図 �英国の輸出と生産の推移

    07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01

    生産指数 輸出

    (%)

    備考:後方3ヶ月移動平均の前年同月比。資料:ONS、UK Trade Infoから作成。

    -20

    -15

    -10

    -5

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    42 英国では、不動産取得の際、購入者に「印紙土地税」が課せられる。税率は購入価格に応じて定められているが、価格が125,000ポンド以下の場合は免除となる。この免除となる上限額を、2008年9月3日~2009年12月31日までの間、175,000ポンドに引き上げる措置を取った。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade76

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    相次ぐ支援策 43に下支えされて改善に向かってきた。支援期間終了による政策効果切れが懸念される中、英国政府は、印紙土地税に関する支援を予定通り2009年末に打ち切ることを発表し 44、2009年終わりには駆け込み需要が発生して不動産取引件数は急増した。しかし2010年に入ると反動減が生じ(第1-2-2-26図)、初回購入者向けの優遇措置が時限措置として導入された 45。英国においても、新車購入支援策 46が実施され、自動車販売を下支えしてきた。また、付加価値税(VAT)の軽減措置(17.5%から15%へと引き下げ)を行い、消費刺激を行ってきたが、2009年12月末に終了している。英国の小売売上高指数及び小売数量指数は、金融危機前後を通じて悪化傾向が確認できない。これは、危機によってとりわけ大きく影響を受けたサービス消費が、これらの指数で対象となっていないことによる(第1-2-2-27図)。GDP統計で個人消費の動向を確認すると、サービス消費を中心に危機後に大幅に減少しており、2009年後半は緩やかに回復してきているものの、未だ弱含みである(第1-2-2-28図)。

    英国の所得状況を見ると、平均賃金の伸び率が大幅に鈍化しているものの、危機後にも実質可処分所得が比較的堅調に伸びている(第1-2-2-29図)。要因としては、社会保障給付の増加、そして所得税負担が減少したこと等が挙げられる(第1-2-2-30図)。しかし、前述の通り、財政が悪化する中、危機下の支援は出口へと向かっている。また、失業率は横ばいになってきているものの、消費者信頼感は失業懸念が大きく下押しし

    43 政府による金融危機後の支援策としては、2008年11月24日に発表されたプレバジェット(2009年度予算編成方針)において、①付加価値税(VAT)の税率引き下げ、②住宅・教育・交通・その他建設分野への公共投資前倒し、②低炭素化関連ビジネスの成長・雇用創出を目的としたエネルギー効率改善や鉄道などへの投資、③所得税減税、④児童手当の前倒し支給、⑤年金受給者への一時金支給、⑥住宅ローン返済支援(住宅ローン滞納による住宅差し押さえを3ヶ月猶予。ただし、ローン返済猶予については政府保証を前提とする)、⑦失業者の就職支援、⑧中小企業・小規模事業者の資金繰り支援等が発表されている。このほか、同年12月には景気対策追加策として、銀行業法案(Banking Bill:経営難に陥った銀行への資金支援を円滑化、当該銀行からの情報収集と金融当局間での情報共有を目指す)、貯蓄ゲートウェイ口座法案(Saving Gateway Accounts Bill:低所得者層の貯蓄支援を目的として、政府が貯金1ポンド当たり50ペンスを支給)、住宅ローン救済策(Homeowner Mortgage Support Scheme:解雇や賃金減少で住宅が差し押さえの危機にある世帯を対象にローンの利子支払いを最長2年間まで延期)などが発表されている。

     また、2009年1月には自動車産業の低炭素化を促進する支援策が発表された。さらに、同年4月の2009年度予算案(“Building Britain’s Future”)において、新車購入支援策(後述)のほか、更なる住宅市場支援、低炭素ビジネス支援を中心とした企業支援が発表されている。

    44 HM Treasury (2009), Pre-Budget Report 2009。45 HM Treasury (2010), Budget 2010。46 新車登録後10年以上経過した自家用乗用車の買い替えを奨励するため、3億ポンドの予算を投じ、一人当たり2,000ポンドの助成金を

    交付。自動車産業との共同イニシアチブであり、自動車産業も同様に3億ポンドを負担、助成金の半額(1,000ポンド)を支出。2010年2月28日、もしくは予算が尽きた時点で終了とされた。

    第1-2-2-28図 �英国の個人消費の推移

    1,900

    1,950

    2,000

    2,050

    2,100

    2,150

    2,200

    2,250

    2,300

    2.52

    1.51

    -0.50

    0.51

    1.52

    2.5

    Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

    2006 2007 2008 2009

    家計消費(額:右目盛)家計消費(前期比)旅行国内:財国内:サービス

    (前期比、%)

    備考:季節調整値。資料:ONSから作成。

    (億ポンド)

    第1-2-2-27図 �英国の小売販売及び物価の推移

    60

    65

    70

    75

    80

    85

    90

    95

    100

    105

    110

    08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01

    (2008/1=100)

    備考:1.いずれも季節調整値。   2.小売数量指数と小売売上高指数は、燃料を除く。資料:Eurostat、ONSから作成。

    新車購入支援策2009/4-2010/3

    小売数量指数小売売上高指数新車登録台数CPI

    第1-2-2-26図 �英国の住宅価格と不動産取引件数

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    160

    80

    85

    90

    95

    100

    105

    110

    115

    120

    06/01 06/07 07/01 07/07 08/01 08/07 09/01 09/07 10/01

    住宅価格指数(左)不動産(住宅)取引件数(右)

    (千)(2006/01=100)

    備考:季節調整値。資料:Nationwide、HM Revenue & Customsから作成。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 77

    第1章

    ている状況で、今後も個人消費の低迷は続くとみられる(第1-2-2-31図)。

    ③中東欧諸国西欧を中心とする海外からの資金流入で拡大してきた中東欧諸国は、米国や西欧が回復に向かう中、2009年後半以降、弱いながらも回復に向かっている(第

    1-2-2-32図)。景況感指数も各国とも改善してきており、今後は外需の回復が成長に寄与するとみられる(第1-2-2-33図)。一方、失業率の高止まりを背景に消費は低迷し、投資も伸び悩むとみられている。中東欧諸国全体としては、現在、債務危機や金融危機の兆候は見られず、比較的安定した状況にある。しかし、依然として以下の脆弱性を抱えている点に留意が必要である。第一の点は、輸出の面で欧州域内主要国に大きく依存していることである。金融危機後、需要低迷で中東欧諸国全体として輸出が大幅に減少したが、欧州主要国、とりわけドイツやフランスの新車購入支援策に支えられ、2009年後半は自動車輸出が大きく伸びた。主要国で支援期間が終了することに伴い、景気回復の腰折れが懸念される。第二の点は、中東欧諸国の巨額の対外債務である。貸し手の9割近くは欧州の金融機関であり、シェアではオーストリアが最も多い 47他、スウェーデンや、

    第1-2-2-29図 �英国の失業率及び平均賃金の推移

    7.9

    1.5

    1

    1.5

    2

    2.5

    3

    3.5

    4

    4.5

    4.5

    5.0

    5.5

    6.0

    6.5

    7.0

    7.5

    8.0

    8.5

    07/01 07/07 08/01 08/07 09/01 09/07 10/01

    (%) (%)

    備考:平均賃金は3ヶ月移動平均、賞与除く。いずれも季節調整値。資料:Eurostat、ONSから作成。

    失業率(左) 平均賃金(右)

    第1-2-2-32図 �中東欧諸国の実質GDP成長率の推移

    -14.0-12.0-10.0-8.0-6.0-4.0-2.00.02.04.06.0

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ2007 2008 2009

    チェコ エストニア ラトビア

    リトアニア ハンガリー ポーランド

    スロベニア スロバキア

    備考:季節調整値。資料:Eurostatから作成。

    (前期比、%)

    第1-2-2-31図 �英国の消費者信頼感指数

    -60

    -40

    -20

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    07/06 07/09 07/12 08/03 08/06 08/09 08/12 09/03 09/06 09/09 09/12 10/03

    (pt)

    備考:消費者信頼感指数は、向こう一年間の①金融情勢の見通し、②経済情勢見通し、③失業懸念、④貯蓄見通し、それぞれのDI値から算出される。

    資料:欧州委員会サーベイから作成。

    消費者信頼感

    金融情勢見通し

    経済情勢見通し

    失業懸念(逆目盛)

    貯蓄見通し

    第1-2-2-30図 �英国の家計収入の推移

    Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ

    2007 2008 2009

    主要収入社会保障給付金実質可処分所得

    (前年同期比、%)

    資料:ONSから作成。

    -4

    -2

    0

    2

    4

    6

    8

    10

    12

    14

    第1-2-2-33図 �中東欧諸国の景況感指数の推移

    0

    20

    40

    60

    80

    100

    120

    140

    07/01 07/04 07/07 07/10 08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01 10/04

    チェコラトビアリトアニアスロベニア長期平均

    エストニアハンガリーポーランドスロバキア

    資料:欧州委員会サーベイから作成。

    47 みずほ総合研究所(2009)「中東欧危機は欧州を襲うのか?~中東欧と欧州主要国間の経済・金融連関性の考察~」(みずほ欧州インサイト2009年6月9日)。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade78

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    2009年秋より財政問題で揺れているギリシャの金融機関も、一部中東欧諸国に向けた貸出シェアが高いとみられる 48。西欧金融機関の中東欧向け貸出は、金融危機発生直後に一時落ち込んだが、2009年第2四半期以降、持ち直す傾向にあり、中東欧諸国における取引の収益性からも今後も資金の流れは大きく変わらないとみられる 49。中東欧諸国の対外与信は外貨建ての割合が高いこともあり、今後再び対ユーロで通貨が下落

    した場合の債務膨張懸念が依然として残っている(第1-2-2-34図、第1-2-2-35図)。

    (2)欧州金融安定化への道金融危機以降、欧州各国政府・中央銀行は、大規模な金融市場支援策を実施してきた。各国政府が迅速に預金保護・政府債務保証等を発表し、信用支援策を行ってきた他、ユーロ圏・英国において、欧州中央銀行(ECB)・イングランド銀行(BOE)が大幅に政策金利を低下させ、金融緩和政策を採っている(第1-2-2-36図)。ユーロ圏では、ECBが2008年秋頃より既に進めてきていた、無制限の資金供給オペなど非伝統的措置の拡充を2009年5月に発表した。カバードボンド 50の買取り(約600億ユーロ)の他、定例入札における担保差入れ相当分全額の流動性供給や適格担保の拡大を緊急流動性対策として導入している 51。一方、英国では、2009年1月に政府が、①金融機関

    保有資産の保護、②資産担保証券(ABS)への政府保証、そして③買取り枠500億ポンドの資産購入ファシリティを発表。③は、BOEが高格付けの資産を金融機関から購入52するもので、預金準備金を原資に英

    第1-2-2-34図 �中東欧諸国向け与信残高の推移

    05/03 05/09 06/03 06/09 07/03 07/09 08/03 08/09 09/03 09/09

    中東欧諸国向け与信残高名目GDP

    100

    150

    200

    250

    300

    350

    400(2005Q1=100)

    備考:いずれもEU新規加盟国中、ユーロ圏を除く8か国について合算。与信残高はBIS加盟国全体の合計、最終リスクベース。

    資料:BIS、Eurostatから作成。

    48 スウェーデン金融機関はバルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)、ギリシャ金融機関はブルガリア向け与信において、突出したシェアを持つ(みずほ欧州インサイト「中東欧危機は欧州を襲うのか?~中東欧と欧州主要国間の経済・金融連関性の考察~」2009.6.9)

    49 Deutsche Bank Research (2009), “Credit Monitor Eastern Europe – 2010: Deleveraging is the name of the game”, 2009.12.17。50 「カバードボンド」とは、金融機関が、その保有する債権を担保として発行する債券である。住宅ローンや地方公共団体向けの優良な

    債権が担保となる。主に欧州の金融機関が発行している。51 「非伝統的措置」拡充の背景としては、①商品価格の下落、②ユーロ圏・世界経済の悪化を受けてインフレが抑制されるとの見通し、

    ③中長期のインフレ期待が安定、④マネーサプライの伸びの鈍化と民間向け銀行貸出の更なる減少が挙げられている。  カバードボンド買い取りについては「量的緩和」ではなく「信用支援」であるとトリシェ欧州中銀総裁は発言。ターム物金利低下の促

    進、銀行による貸出の維持・拡大の奨励、民間債券市場の流動性改善、銀行と企業の資金調達環境の緩和などが目的であるとしている。52 当初は、英財務省による短期国債発行を原資に高格付けのCP、社債、シンジケートローン、範囲を限定したABSなどを買い取ること

    で企業の資金調達に直接関与し、企業信用のアベイラビリティ向上を目指すことを目的とした。2009年3月から、このスキームにおけるBOEの権限が拡大され、量的緩和のツールとして使用することが可能となった。

    第1-2-2-36図 �ユーロ圏と英国の主要政策金利の推移

    1.00

    0.50 0.0

    1.0

    2.0

    3.0

    4.0

    5.0

    6.0

    7.0

    07/06 07/09 07/12 08/03 08/06 08/09 08/12 09/03 09/06 09/09 09/12 10/03

    ユーロ圏 英国

    備考:いずれも月末値。資料:ECB、BOEから作成。

    (%)

    第1-2-2-35図 �中東欧各国通貨の対ユーロ為替�レートの推移

    90

    95

    100

    105

    110

    115

    120

    125

    130

    08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01 10/04

    チェコ:コルナハンガリー:フォリントポーランド:ズロチルーマニア:レウ

    (2008/01=100)

    備考:1.2008年1月の対ユーロ交換比率を100とした場合の推移。2.2004年以降に加盟した中東欧諸国で、ユーロ圏非加盟、変動

    相場制の国々の通貨を対象とする。資料:ECBから作成。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 79

    第1章

    国債を大量購入し、量的緩和のツールとして使用している。こうした中、ユーロ圏金融機関の融資姿勢は、企業向け・個人向けともに、2009年から大幅に改善してきている。融資姿勢緩和に向かった背景には、流動性ポジションの改善や、景気見通しの改善等が挙げられる(第1-2-2-37図、第1-2-2-38図)。英国金融機関の貸出姿勢についても、2009年以降改善基調となっている。企業向け及び担保付個人向け貸出については、

    DI値がプラスに改善し、担保無しの個人向け貸出についても、プラスに改善する見通しとなっている(第1-2-2-39図)。危機後の緊急対応策は、2009年末から2010年にか

    けて、緩やかに出口へ向かいつつある。ECBは、低金利を維持しつつも非伝統的措置による金融緩和を2009年末より段階的に解除している。一方、BOEは2010年2月に資産購入制度の休止を発表した。欧州金融機関の健全性については、2009年9月、欧州銀行監督者委員会(CEBS)が主要22行を対象に、ベースラインシナリオと悪化シナリオの2つのシナリオを用いてストレステストを実施した。悪化シナリオでは2009年にユーロ圏実質GDP成長率マイナス5.2%、2010年に同マイナス2.7%、発生するトレーディング損失は約4,000億ユーロと見込んだが、この場合も自己資本の健全性は担保される(Tier 1比率は対象行合算ベースで9%を上回る)とした。対象となった22行は域内金融機関の資産規模の6割相当にしか満たない点に留意が必要だが、想定された景気悪化シナリオはIMF予測と比較しても厳しい数値を前提としていることから、実際に発生する損失額は、上記悪化シナリオよりも小さく留まる可能性が高いとの分析もある53。一方、2010年4月に発表された IMF推計 54による

    と、欧州金融機関において2007年9月以降2010年末までに発生する累計損失額は、英国・ユーロ圏・その他欧州 55でそれぞれ約4,550億ドル、約6,650億ドル、

    第1-2-2-37図 �ユーロ圏金融機関の企業向け貸出姿勢と引締め要因

    -20-10

    01020304050607080

    Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    2007 2008 2009 2010

    回答金融機関の資本基盤の状況市場からの資金調達可能性回答金融機関の流動性ポジション経済活動全般の見通し個別企業・業界の景気見通し

    過去3ヶ月向こう3ヶ月

    引き締め

    緩和

    (%)

    備考:折れ線グラフは貸出姿勢の引き締めに寄与した金融機関が回答金融機関に占める比率(過去3ヶ月の実績及び向こう3ヶ月の見通し)、棒グラフは過去3ヶ月引き締めに寄与した要因の動向。

    資料:ECBから作成。

    53 みずほ総合研究所(2009)「欧米主要銀行の不良債権問題の見通し~不良債権問題は峠を越えたか~」(2009年12月24日)。54 IMF(2010), Global Financial Stability Report, April 2010。55 デンマーク、ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、スイス。

    第1-2-2-38図 �ユーロ圏金融機関の個人向け貸出姿勢と引締め要因

    -10

    0

    10

    20

    30

    40

    50

    60

    Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ Ⅱ Ⅲ Ⅳ Ⅰ

    2007 2008 2009 2010

    住宅市場の見通し(住宅ローン)資金コスト・バランスシート制約(住宅ローン)経済活動全般の見通し(住宅ローン)顧客の信用力(その他貸出)要求担保物件にかかるリスク(その他貸出)経済活動全般の見通し(その他貸出)住宅ローンその他個人向け貸出

    引き締め

    緩和

    (%)

    備考:折れ線グラフは過去3ヶ月に貸出姿勢の引き締めに寄与した金融機関が回答金融機関に占める比率(住宅ローン及びその他個人向け貸出)、棒グラフは過去3ヶ月、住宅ローンもしくはその他個人向け貸出の引き締めに寄与した要因の動向。

    資料:ECBから作成。

    第1-2-2-39図 �英国金融機関の貸出先別融資姿勢

    -60.0-50.0-40.0-30.0-20.0-10.0

    0.010.020.030.040.0

    ⅠⅣⅢⅡⅠⅣⅢⅡⅠⅣⅢⅡ2010200920082007

    企業向け貸出 過去3ヶ月担保無個人向け貸出 過去3ヶ月担保付個人向け貸出 過去3ヶ月

    企業向け貸出 向こう3ヶ月担保無個人向け貸出 向こう3ヶ月担保付個人向け貸出 向こう3ヶ月

    (%)

    緩和

    引き締め

    備考:貸出姿勢の過去3ヶ月の実績と向こう3ヶ月の見通しに関するDI値をもとに、回答金融機関のマーケットシェアに応じて算出した比率。

    資料:BOEから作成。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade80

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    約1,560億ドルで、欧州諸国全体で約1兆2,760億ドルとなっている 56。このうち2009年12月までに未処理の不良債権は、英国で約22%、ユーロ圏では約37%、その他欧州諸国では約47%に上っている点に注意が必要といえる(第1-2-2-40図)。ユーロ圏では企業が雇用コストの一部削減を進めて回復に向かった結果、貸倒引当金の増加は2009年にピークを越え、2010年には増加ペースが緩やかになる見込みである。また、英国では住宅ローンによる損失額が2009年秋時点の予測よりも小さく押さえられ、損失額全体の見通しは改善している。しかしながら、欧州の景気回復は全体として緩慢であり、また、政府の支援策に大きく下支えされてきたものであるため、今後再び景気が失速するようなことがあれば、不良債

    権は大きく増加する可能性もあり、引き続き注意が必要である。金融面における中東欧リスクについては、ある国のクロスボーダー与信が完全にデフォルトを起こした場合の他国への波及について、信用危機と流動性危機が同時に発生すると仮定して実施された IMFの危機波及シミュレーションが参考になる 57。推計によると、中東欧に最も多くの債権を抱える

    オーストリア金融機関の対外与信がデフォルトした場合、イタリア及びドイツの金融機関が大きな影響を受ける(第1-2-2-41表①)。また、イタリア金融機関の対外与信がデフォルトするとフランスの金融機関へ(第1-2-2-41表②)、フランス金融機関の対外与信がデフォルトするとドイツの金融機関へ(第1-2-2-41表③)、悪影響が波及するとの結果になっている。英独仏等の欧州主要国の対外与信がデフォルトしない限り、欧州全体の資本毀損で見たインパクトは限定的とみられる 58。また前述の通り、対ユーロの通貨下落が止まっている(前掲第1-2-2-35図参照)こともあり、当面は中東欧の金融システムは安定性を保っている状態にあるといえるだろう。

    (3)危機下の雇用対策と社会保障前述の通り、欧州主要国労働市場における金融危機への反応は、国によってばらつきがある。失業率を比較すると、長期的には軒並み緩やかに改善しているが、金融危機後には各国とも上昇し、とりわけスペイ

    第1-2-2-40図 �米欧金融機関の潜在損失額

    23.2

    37.6

    22.0

    47.4

    その他欧州ユーロ圏英国米国

    実現した損失未処理の潜在損失 未処理率(右)

    05101520253035404550

    (%)

    01,0002,0003,0004,0005,0006,0007,0008,0009,000

    10,000(億ドル)

    備考:1.実現した損失は2007年第2四半期~2009年第4四半期までの額。未処理の潜在損失は、2010年第1四半期~ 2010年第4四半期を対象に推計。

    2.その他欧州は、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、スウェーデン、スイス。

    資料:IMF推計から作成。

    56 2009年10月に発表された推計額から大幅に改善されている。当 IMFレポートでは、そもそもこの推計はデータ制約によって大変不確実にならざるを得ず、注意が必要だということを付言している。

    57 IMF(2010), Global Financial Stability Report, April 2009。58 みずほ総合研究所(2009)「中東欧危機は欧州を襲うのか?~中東欧と欧州主要国間の経済・金融連関性の考察~」(みずほ欧州インサ

    イト2009年6月9日)。

    第1-2-2-41表 危機発生時の資本毀損率

    オーストリア ベルギー フランス ドイツ アイルランド イタリア オランダ ポルトガル スペイン スウェーデン 英国トリガー国

    ① オーストリア -7.1 -3.6 -13.1 -5.2 -14.3 -5.5 -1.6 -0.8 -3.4 -1.2ベルギー -4.2 -16.2 -8.2 -23.2 -3.6 -75 -3.9 -3.5 -7.5 -5.9

    ③ フランス -37.4 -303.4 -72.2 -75.1 -41.4 -162 -30.2 -31 -60 -47.4ドイツ -54.9 -69.6 -36.2 -62.9 -52.2 -87.7 -20.4 -18 -121.8 -22.9

    アイルランド -6.3 -68.3 -9.7 -21.9 -5.2 -17 -5.2 -3.8 -9.7 -15.5② イタリア -36.8 -33.9 -50.2 -36.9 -29.6 -51.1 -6.5 -5.9 -5.1 -6

    オランダ -15.5 -183.3 -36.2 -30.6 -39.8 -12.7 -12.3 -14.8 -26.9 -17ポルトガル -1.6 -5.7 -3.3 -4.7 -3 -1 -5.4 -9.9 -1.1 -1.2スペイン -5 -30.5 -21.4 -29.6 -20.2 -4.8 -45.5 -48.7 -13.2 -11.8

    スウェーデン -1.1 -3 -2.3 -6.3 -3.7 -0.4 -5.5 -0.5 -0.6 -2英国 -178.8 -780.1 -337 -366.4 -454.1 -142.4 -708.4 -137.6 -126.8 -382.9

    備考:試算は、トリガー国のクロスボーダー与信が全て損失となり、かつ借り換えが65%、売却試算価格が簿価の50%という前提のときに、各国の資本がトリガー国における危機発生の前と比較してどの程度毀損するかを試算したもの。

    資料:IMF推計から作成。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後 主要国・地域の現状と今後 第2節

    通商白書 2010 81

    第1章

    ンで製造業・サービス業・建設業における大量解雇が発生し、急速に20%に迫る水準となった(第1-2-2-42図)。スペインの急速な雇用悪化の背景には、従来からの硬直的な賃金制度と、1990年半ばから実施されている非正規雇用の規制緩和がある。スペインにおける賃金の決定は、所属する産業・地域全体を巻き込んだ多くの交渉・合意形成を必要とする。このため、経済情勢の変化に伴う賃金調整は鈍いものにならざるを得ず、人件費の迅速な削減には、雇用を削減する必要があるが、厚く保護された正規雇用者の解雇には大きく負担がかかる。従って、規制緩和後、就業人口の約4割に達していた非正規雇用者や、比較的解雇するコストの低い若年労働者が大量解雇され、失業率を急速に押し上げることとなった 59。一方、スペインと対照的な動きをしているドイツの失業率は、緩やかに上昇した後、比較的早期に横ばいに推移している。これは、操業短縮手当 60の拡充政策によるものとされている。操業短縮手当は従来から存在していたものだが、この制度を活用することにより賃金補填の措置がとられ、雇用する企業は、厳しい事業環境にあっても賃金を削減した操業短縮を実行しやすくなる。従って、景気回復後に新規に採用するコストを免れる他、熟練労働者の確保による長期的な企

    業競争力の維持というメリットを享受でき、一方、雇用される側としては、雇用が守られるだけでなく、所得が一定程度維持される 61。ドイツ連邦政府は、2009年1月に発表された第二次

    緊急経済対策の一部として、既に2007年7月以降12か月に延長されていた本制度を、2009年1~12月申請分につき18か月に再延長した。さらに2009年5月には、これを24か月まで延長し、1月の発表では、従来の支給要件を緩和するなど、適用範囲も拡大してきた。予算規模としては、2009年は約50億ユーロが投じられ、2010年については30億ユーロ超が計上されている。本制度への申請件数を見ると、金融危機後に既に大幅に増加していたところ、2009年1月の発表後に更に大幅に増加したことが分かる(第1-2-2-43図)。このような結果から、操業短縮制度の拡充政策は雇用対策の成功事例とされることも多いが、中長期的な視点からは、資源配分の効率性を損ね、潜在成長率の低下や構造的失業の増加を招く懸念も存在する。欧州各国の景気対策を評価した欧州委員会によるレポート 62でも、短期的には雇用維持や貧困層向けの支援を優先すべきとする一方、これらは期間と対象を絞ったものとし、従来、長期的視点で進めてきた労働市場改革の目標を害するべきではないし、操業短縮制度についても、域内の公平な競争原理を損ねる恐れがあ

    第1-2-2-42図 �欧州主要国の失業率の長期的な�推移

    7.3

    19.1

    10.18.87.9

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010

    (%)

    備考:月次、季節調整値。資料:Eurostatから作成。

    フランスドイツイタリア

    スペイン英国

    第1-2-2-43図 �ドイツの操短制度申請件数の推移

    0

    100

    200

    300

    400

    500

    600

    700

    800

    0

    5

    10

    15

    20

    25

    30

    08/01 08/04 08/07 08/10 09/01 09/04 09/07 09/10 10/01 10/04

    (千人)(千社)

    備考:対象労働者数は申請ベース。資料:ドイツ連邦雇用庁から作成。

    申請企業数対象労働者数

    59 The Economist, “So hard to bend: Rigidities in the labour market make recovery even harder”, 2010.2。60 ドイツの操業短縮手当は、事業所の操業短縮によって賃金の支払いがなされない場合に、労働者の賃金の損失の一部を補い、同一事業

    所の少なくとも3 分の1 の労働者が月額賃金の10%以上を削減されている場合、本来支給されるべき賃金と操業短縮によって支給された賃金の差額の60%(子供が1 人でもいる場合は67%)が支給される。支給期間は維持されている雇用などに応じて決定されるものである(労働政策研究機構(2007)「ドイツ・フランスの労働・雇用政策と社会保障」)。

    61 なお、操業短縮手当はドイツ特有の制度ではなく、スペインを含め、他の欧州諸国にも存在する。しかし、労使の協定に基づかなければならないなか、組合の力が強いため交渉が決裂し、スペインでは機能していないという(みずほ総合研究所(2009)「欧州の抱える雇用調整圧力~欧州の雇用調整は本格化するのか~」(みずほ欧州インサイト2009年10月19日))

    62 European Commission (2009), “The EU’s response to support the real economy during the economic crisis: an overview of Member States’ recovery measures” European Economy, Occasional Paper 51, 2009。

  • 転換期にあるグローバル経済の現状と今後

    2010 White Paper on International Economy and Trade82

    第 1章 主要国・地域の現状と今後

    り、EUレベルでの協調が必要であるとされている。また、このような雇用対策の効果が、生産や賃金の状況から説明される最適労働投入量と実際の投入量の間に大幅な調整圧力を生じさせ、景気回復が緩やかな中で雇用調整が長引くとの分析 63もある。ドイツにおいても、雇用面でのリスクが残存している状況と言える。ちなみに、5年間失業した場合に給付される失業給付の所得代替率を見ると、イタリアを除く欧州主要国や北欧のデンマーク・スウェーデンでは、日本や米国に比べて高い割合での給付となっている(第1-2-2-44図)。失業給付と個人消費に直接的な因果関係は求められないものの、このようなセーフティネットは、危機下において家計を支える重要なインフラと考えられる。

    第1-2-2-44図 �各国失業給付の所得代替率の比率

    01020304050607080

    デンマーク

    フランス

    ドイツ

    イタリア

    スペイン

    スウェーデン

    英国

    米国

    日本

    単身夫婦(所得者1人)子ども2人親1人子ども2人夫婦(所得者1人)生活保護対象外世帯の平均

    (%)

    備考:5年間(60ヶ月)失業した場合に、その間給付される失業給付の所得代替率。2008年データ。所得は、平均賃金の67%と100%を平均して算出。生活保護対象外の世帯の失業を想定。

    資料:OECDから作成。

    北欧発のフレキシキュリティ(flexicurity)コラム10

    フレキシキュリティは、exibility(柔軟性)とsecurity(社会保障)を組み合わせた造語であり、解雇規制を

    緩和した柔軟な労働市場と手厚い社会保障を両立する政策である。1990年代より北欧諸国やオランダを中心に

    実施されてきた。これらの国々では失業率が比較的低水準で推移している他、国民の幸福度を調査した研究で

    も上位に来ており、近年注目を集めている。

    特に、成功例とされているのはデンマークであり、

    ①解雇規制が緩く柔軟な労働市場、②失業者のた

    めの手厚いセーフティネット、③職業訓練プログ

    ラム等充実した積極的な雇用政策の三点によっ

    て、「黄金の三角形」64が築かれている(コラム第

    9-1図)。このようなシステムによって、産業構造

    の調整が容易になり、経済成長にも刺激が与えら

    れ、社会全体に好循環が及んでいると言われる。

    フレキシキュリティは、2005年にEUの雇用戦

    略に採用され、リスボン戦略に基づく各国の雇用

    戦略アプローチに採用されてきている。2010年3

    月に欧州委員会が発表した「Europe 2020 戦略」にも、フレキシキュリティ原則を推進することが明記されている。

    北欧諸国でフレキシキュリティが成り立つ背景には、人口規模が小さく、教育水準が高いこともあり労働人

    口が均質であることや、労働者保護のインフラとなる産業別労働組合の組織率が非常に高いこと等が挙げられ、

    多くの国で成立するとは言い難い。また、デンマークでは、今般の金融危機の影響でそれまで低く抑えられて

    きた失業率が上がり、財政負担の増大が懸念されるなど、危機下においては困難も生じている。しかし、積極

    的な労働政策のあり方として、参考にすべき点は多いと言えるだろう。

    コラム第10-1図 �デンマークの「黄金の三角形」

    資料:欧州委員会資料から作成。

    柔軟な労働市場(解雇規制が緩和され、流動性が高く、

    非正規・正規の移動も柔軟)

    積極的な労働市場政策(転職のための職業訓練プログラ

    ムが充実している)

    手厚いセーフティネット(失業給付等社会保障が充実)

    失業しても安心なセーフティネット

    労働市場政策によるモチベーション向上効果(職業訓練を受けないと失業給付を受けられない)

    労働市場政策による職能認定効果質の高い労働力の確保

    フレキシキュリティ・モデルの主軸を構成

    63 みずほ総合研究所(2009)「欧州の抱える雇用調整圧力~欧州の雇用調整は本格化するのか~」(みずほ欧州インサイト2009年10月19日)。64 Bredgaard, T., Larsen, F. and Madsen P.K. (2005), “The Flexible Danish Labour Market- a Review”, CARMA Research Paper01:2005.

    Aalborg University, CARMAにおいて”golden triangle”と説明され、European Commission (2006),”Employment in Europe 2006”でも紹介されている。