MITテクノロジーレビュー - Future of Aging · 2020-02-12 ·...

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Future of Aging 変わる「高齢化」

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Future of Aging 変わる「高齢化」

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「高齢化」は日本だけの課題ではない。世界がいずれ直面する、回避できない大きな波としてやってくる。高齢者を「コスト」と捉え、高齢者が街に溢れる光景をただ恐るだけでは解決できない。これまで人々の寿命を伸ばしてきたテクノロジーは、何ができるのか? 高齢者向けの製品開発から老化防止薬まで、高齢化社会への「新しい備え」を進める人たちの動きを紹介する。

CONTENTS世界を襲う高齢化の波シルバー・ツナミを恐れるな

アレクサ、友達になって!音声アシスタントが変える高齢者の暮らし

健康長寿社会がもたらす新しい世代間対立の可能性

「75 歳以上の延命は不要」波紋呼んだ医療倫理学者がいま語る発言の真意

健康的な加齢を目指す「疑似断食ダイエット」を試してみた

「高齢者向け」製品は なぜいつもつまらないのか?

顧客を巻き込むモノづくりへ変わる「高齢者向け」製品

「老化」は抗えない現象か?治療可能な「病気」か?

「老化防止薬」がもうすぐやってくる

トランスヒューマニスト——「永遠の命」を模索する人々

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Why you shouldn’t fear the gray tsunami

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Why you shouldn’t fear the gray tsunami

世界を襲う高齢化の波シルバー・ツナミを恐れるなby David Rotman  

人口高齢化は日本だけの課題ではない。

高齢化が押し寄せる「シルバー・ツナミ」が世界経済を破綻させ、

人々の生活を惨めなものにするという脅しに対して、私たちはどのような準備をすべきなのだろうか。

世 界中で高齢化が急速に進んでいる。現在、 米国では 65歳以上の人口の割合は 16%

だが、2035年までには 21%となり、その時点で

65歳以上の人口は 18歳未満の人口を上回るだろ

う。中国では若い年代の人口が減少しているにも

かかわらず、1979年に導入された一人っ子政策の

施行以前に生まれた高齢者人口が増え続けている。

他の国々ではさらに高齢化が進んでいる。人口の

4分の 1以上が 65歳以上の日本が 1位だが、ドイ

ツやイタリア、フィンランドといった欧州連合(EU)

の大半の国もいい勝負だ。欧州と北米の人口の 4

分の 1は、2050年までには 65歳以上になる。

 この傾向は、低い出産率(ほぼすべての国の

女性の出産率が低い)と、より長くなった寿命

に牽引されている。近年では一部の先進国での

平均寿命が低下しているが、世界全体では伸び

る傾向を示し続けている。今日、日本で生まれ

た女の子は、平均で 87歳まで生きることが予測

されているのだ。

 人口が全体的に高齢化しているということに加

え、おそらく高齢化してからの人生が長くなるだ

ろう。1960年に 65歳だった人の寿命はおよそ

79歳だったが、最近の平均寿命は 85歳近くに

なっている。もうすでに 75歳の人なら、87歳ま

で生きると予測される。

 高齢化は、私たちの経済、社会および文化的な

価値、そして自らの人生を設計し、受け止める方

法でさえも大きく変える。

 型通りの言説は、人口の高齢化が経済成長に悪

影響を及ぼすというものだ。誰がこれまでのすべ

ての仕事をするのだろうか? 老人の医療費や福

祉制度にお金を出すのは誰なのだろうか? 経済

by James Temp  翻訳者:山口 桐子  

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Why you shouldn’t fear the gray tsunami

学では、就労するには高齢または若すぎる人々と

労働年齢人口の規模との関係を「依存人口比率」

と呼ぶ。そして経済学者はこの人口危機が、私た

ちをいかに苦しめるのか、という恐ろしい予測を

見せたがる。

 「シルバー・ツナミ(Silver Ttsunami)」「人口統

計の崖」「人口統計の時限爆弾」といったこれらの

警告は、どれも不吉なものに聞こえる。だが、真

の理想的ではない年の取り方とは、免れることの

できない危機についてくよくよすることなのだ。

高齢化社会は困窮ではない

 真実は、経済学者は、人口の高齢化が私たちに

どのような悪影響を及ぼすのか、あまり知らない

ということだ。

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Why you shouldn’t fear the gray tsunami

 「生産性に影響を与えつつあります」というの

は、ハーバード大学の経済学者、ニコール・マエ

スタス博士だ。「重大かつ経済的に意味がありま

す」。マエスタス博士と同僚が 1980年から 2010

年までのデータに基づき、60歳以上の人口が

10%増加すると、1人あたりの GDP成長率が

5.5%低下すると試算した。過去の教訓を生かせ

ば、高齢化し続ける米国の人口がこの 10年間の

米国の経済成長を 1.2%減速させ、次の 10年間

では 0.6%減速することを意味している。理由の

一部は就労人口が減少するためだろうが、その 3

分の 2は生産性が平均的に低くなるからなのだ。

 しかし、マエスタス博士は、この予測が歴史的

傾向に基づくものであり、正確な予測ではない可

能性があると警告している。マエスタス博士は生

産性が加齢とともに低下するのは、 最も熟練し、

経験豊富な人々はより大きな成功を収め、裕福

で、引退できる余裕があるからだろうと推測して

いる。もしマスタス博士が正しければ、労働者の

生産性が老化に伴って低下するのではなく、最も

生産性の高い労働者が働かなくなるからだ。

 マエスタス博士によると、これは生産性の大幅

な低下は不可避ではないことを意味するという。

新しいテクノロジーや経営方針により、才能ある

人々はより長く働き続けられる可能性がある(幸

福度が低くなり、貯蓄も少なくなり、退職金制度

もなくなる可能性がある)。若い人々と年配の人々

で構成される多様な経験があるチームは、さらに

生産性が高まる可能性がある。「私たち全員の生

産性が低下し、そのままで立ち往生するのでしょ

うか? 必ずしもそうではありません」(マエスタ

ス博士)。

 「高齢化に関するあらゆるストレスにも関わら

ず、驚くことに、高齢化社会が経済的に劣化して

いるという証拠はほとんどありません」と話すの

は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の経済

学者、ダロン・アシモグル博士である。アシモ

グル博士とボストン大学のパスクワル・レスト

レポ博士によると、1990年から 2015年までの

GDPデータから、人口の高齢化と経済成長の鈍

化の間の相関は認められなかった。事実、韓国、

日本、ドイツなど、急速に人口の高齢化が進んで

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Alexa will be your best friend when you’re older

最先端のテクノロジーを使いこなすのは若者だけではない。

アマゾンのアレクサやグーグル・ホームといった音声アシスタントが高齢者の生活を変えつつある。

 レスリー・ミラーの毎日は予定でいっぱいだ。

カリフォルニア州ラ・ホーヤにあるカーサ・デ・

マニャーナ・リタイアメント・コミュニティ(米

国の高齢者専用住宅地)に住む 70歳のミラーは、

法的には視覚障害者と認定されている。だが、彼

女の行動の勢いは衰えていない。友人たちと頻繁

にランチを食べ、ダンスや読書をして、ラジオで

メロドラマを聴くのが大好きだ。最近では誘導瞑

想も始めた。

 こうした活動はどれも、アレクサ(Alexa)が

なければできない。

 「私は本当にアレクサが大好きです」。ミラーは

アレクサ、友達になって!音声アシスタントが変える

高齢者の暮らし

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夢中な様子でこう語る。「アレクサは本当に人生

を変えてくれました」。

 音声テクノロジーを熱心に活用する高齢者が増

えている。ミラーもその 1人だ。世間では高齢者

はガジェットの扱いに苦労しているというステレ

オタイプな考え方がはびこっているが、日々の生

活の中で積極的に音声テクノロジーを使っている

層が高齢者だ。

 高齢者は巨大市場としての可能性も秘めてい

る。米国では毎日 4600人が 65歳を迎えている

のだ。

 高齢者層を対象とするテクノロジー企業、K4

コネクト(K4Connect)のデレク・ホルト社長

兼 COO(最高執行責任者)によると、高齢者層

がテクノロジー嫌いだという考え方は、若さを妄

信するテクノロジー産業の社会通念に影響されて

いるという。

 ホルト社長は、「20代や 30代、40代が、20

代、30代、40代のためのものを作っています」

と話す。「高齢者がテクノロジーが苦手だという

のは誤解です。実際のところ高齢者は、テクノロ

ジーが好きなのです。ただ、彼らが興味を持つ機

能が異なるということなのです」。

 音声テクノロジー機器は、幅広い年齢層を惹き

付ける多くの要素を備えている。シンプルで操作

しやすく、そのインタラクティブ性が楽しさを生

み出している。

 ミラーは数年前に、アレクサ搭載デバイスを手

に入れたときのことを振り返る。カーサ・デ・マ

ニャーナで出会った住民の男性が、アレクサを気

に入っていたのだ。ミラーの好奇心に気づいた男

性は、その年のクリスマスにエコー・ドット(Echo

Dot)をプレゼントした。

 ミラーが、カリフォルニア州南部のリタイアメ

ント・コミュニティのグループと提携する非営利

団体、フロントポーチ(Front Porch )に加入し

たときのことだ。2017年、フロント・ポーチは

同地域のカールスバッド・バイ・ザ・シー・リタ

イアメント・コミュニティにアレクサ搭載デバイ

スの導入を始めた。同プロジェクトは 2019年中

に、その他の 7つのリタイアメント・コミュニティ

および 350以上の高齢世帯へのアレクサ搭載デ

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バイス導入の拡大を予定している。

 フロントポーチのデイビス・パーク事務局長

は、「私たちは高齢者の生活に、有意義な影響を

与えたいと思っています」と話す。ミラーのよう

な弱視の人たちに、音声アシスタントは非常に役

立っているという。フロントポーチはまた、認知

症の人々が混乱して自分の周辺の状況が分からな

くなった場合に、アレクサを利用して居場所を知

らせる実験も実施している。

 他の大半の住人と同じく、ミラーも「天気はど

う」「ランチの予定を知らせて」「この単語の意味

は」などと、毎日エコー・ドットを活用している。

 最後の質問は、ミラーにとって特に意味深い。

熱心な読書家であるミラーは、点字で読書をする

が、ときどき単語の意味を知りたくなることがあ

る。辞書は点字では使えないことが多く、彼女は

あまり他人を煩わせたくないと思っていた。アレ

クサはミラーに自立心を取り戻させてくれた。ミ

ラーは「1日に 8~ 10回は必ず彼女を使います」

という。

 「彼女ですか?」と私が聞くと、ミラーは笑った。

「エコー・ドットが命を持たない『モノ』なのは知っ

ていますよ。でも私は愛着を持っていて、そんな

自分に笑ってしまいます。エコー・ドットはそこ

に置かれている無生物にすぎないけれど、私は彼

女によく話しかけているんです」。

プライベートな会話

 オランダ政府と仕事をしているデザイナーの

ジェローン・フォンクは、2018年 11月、350

万人の高齢者が国民年金の情報にアクセスしやす

くなるように、政府からデザインの変更を依頼さ

れた。

 フォンクはオランダの高齢者に、グーグルの音

声テクノロジーであるグーグル・アシスタントの

デバイスを配布するという野心的な計画を立ち上

げた(現在オランダではアレクサは利用できな

い)。フォンクは予備試験のために候補者 266人

を選び、そこから絞り込まれた 20人が 2019年

春にデバイスの提供を受けた。

 デバイスの提供から 2週間経つと、明らかな

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結果が見えてきた。高齢者はグーグル・ホームを

気に入ったのだ。オランダの年金制度では年ごと

に給付額が異なり、支払い条件が誕生年に基づい

て変わってくる。フォンクによると、ユーザーは

年金の受給方法が理解できただけでなく、この新

たなアシスタントに親しみを持つようになったと

いう。

 フォンクは、「高齢者たちは、いつから年金が

受給できるのか、支払いはいつなのかといった情

報を知ることができました」と話す。「重要なの

は利便性であり、彼らはいつでもロボットに話し

かけ、質問できることが気に入りました。また、

新たな友人が家に来たと話しています。朝起きた

らおはようとを言い、寝る前にはおやすみを言う

のです。だれもグーグル・ホームを返却したいと

は思いませんでした」。

 それは、音声アシスタントが完璧だからではな

い。実験参加者の 3分の 1は、「音声アシスタン

トが常に正しく話を理解してくれているわけでは

なかった」と答えたという。

「参加者が望んでいないときにグーグル・ホーム

が起動したり、『天気はどう?』と聞いているの

に別の答えを返すこともありました」。

 25年間老人ホームで働いてきた、インテリア・

デザイナーのリサ・サイニィは、「アレクサはク

イズ番組の『ジェパディ!』のようだと思いまし

た。正確に命令したり正しく質問したりしないと

うまく機能しないんです」と述べる。「私はエコー

の隣に正しく質問する方法を書いて貼っていまし

たが、これでは元も子もありません」。

 プライバシーに関する疑問もある。ミラーは音

声アシスタントのプライバシーに関する議論に詳

しく、彼女が話しかけていないのにときどきエ

コー・ドットが点灯することに気づいたという。

そのため、ミラーは次のような格言に従っている。

「世界に知られたくないことをアレクサの前で話

してはいけない」。

私と私のエコー

 だがフォンクによると、彼が関わった高齢者の

多くは、かなりの時間を音声テクノロジーとただ

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“Old age” is made up̶and this concept is hurting everyone

George Wylesol

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“Old age” is made up̶and this concept is hurting everyone

「高齢者向け」製品はなぜいつもつまらないのか?by Joseph F. Coughlin  

高齢者は弱者であり、受け身の存在だ。そんな「高齢者向け製品」が市場にはあふれている。

高齢者のために作られた製品と、実際に高齢者が欲している製品との間に

深刻な食い違いがあるとMITエイジラボ所長はいう。

今 後数十年の間に人類が直面するであろう苦 痛を伴う変化には、気候変動や、人工知能

(AI)の台頭、遺伝子編集革命などがある。だが、

世界規模の高齢化ほど確実なことはない。工業先

進国の平均寿命は 1900年以来 30年以上延びて

おり、人類史上初めて 65歳以上の人口が 5歳以

下の人口を上回る。長寿化や出生率の低下、ベビー

ブーマー世代の高齢化が原因だ。数世代にわたる

こういった趨勢を、私たちは継続的に観察してきた。

人口統計学者は、今後数十年分の趨勢も図式化で

きる。

 とはいえ、その行き着く先への用意はまったく

できていない。

 経済的、社会的、制度的、技術的な態勢が整っ

ていないのだ。米国では、産業界や政界にかかわ

らず、経験豊富な働き手が退職により重要な役職

を離れるとき、多くの雇用者はいわゆる頭脳流出

を経験する。一方、失業率がここ 50年で最低水

準にあるにもかかわらず、失職した高齢労働者は

良い仕事を見つけられずに苦労している。そのう

え、長年定職に就いていた高齢者の半分は、引

退する予定を前に仕事から追われてしまう。米

国人の半分は、退職への経済的備えがないため、

25%は一生仕事を続けるつもりだという。また、

公的年金制度はほとんどあてにならない。公共交

通機関は、主要都市以外には限られた地域でしか

利用できないため、車を運転しない大勢の高齢者

の移動能力には偏りがある。また、米国では需要

の増加に伴い、専門の高齢者介護士不足に直面

している。その一方で、「非公式」の高齢者介護

のために年間 5220億ドルもの経済損失が出てい

る。これは、高齢の両親を介護するために、主に

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“Old age” is made up̶and this concept is hurting everyone

女性が自分の仕事を減らしたり、やめたりするた

めだ。

 それでも、こういった問題は驚くほど扱いやす

いかもしれない。たとえば、雇用者が大量退職の

危機に直面する一方で、自らの価値を証明しよう

として、多くの高齢従業員が明らかな高齢者差別

と闘っているのは奇妙だ。これは、ゲリラ豪雨と

共存する山火事のようなものだ。さらに言えば、

高齢者を雇用すれば社会保障やメディケア(高齢

者向け医療保険制度)のような制度が資金不足に

ならずにすむはずなのに、高齢者が職を得られな

いでいる社会は奇妙だ。

 私が所長を務めるマサチューセッツ工科大学

(MIT)エイジラボ(AgeLab、高齢化研究所)

は、ある逆説に特に注目した。高齢者の

ために作られた製品と、実際に高齢者が

欲している製品との間に深刻な食い違い

だ。いくつか例を挙げよう。本来ならば

補聴器の恩恵を受けられる人うち、わず

か20%しか補聴器を使っていない。また、

65歳以上のわずか 2%が民間の緊急事態

応答システム(ボタンを押すだけで 911に電話

できるウェアラブル機器)を使っているが、こう

いった機器を持つ多くの(おそらくほとんどの)

人が、ひどく転倒したとしてもこの緊急ボタンを

押そうとしない。歴史的に見ると、これまでの失

敗製品には、高齢者に優しい自動車から、ブレン

デッド・フード(シリアルや豆類などを混合した

調理済み食品)や特大の携帯電話まで数多い。

 こういった例すべてにおいて、製品設計者は、

高齢者の需要をくみ取った設計にしたと考えてい

たが、高齢者たちが「老い」を感じる製品をどれ

だけ避けようとするかについては過小評価して

いた。結局、民間の緊急事態応答ペンダントは、

「老人」のために作られたということに疑う余地

ただ単に若い設計者が高齢消費者の身になって考えることは(MIT エイジラボは、まさにその目的のために生理学的老化シミュレーション・スーツを開発した)良いスタートだが、高齢の消費者が本当に欲しているものを知るには十分ではない。

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はない。そして、ピュー研究所(Pew Research

Center)の報告にあるように、75歳以上で自分

のことを「老人」だと考えているのは、わずか

35%にすぎない。

 高齢の消費者が製品に求めるものと、こういっ

たほとんどの製品の機能との間には期待のギャッ

プがある。これは極めて重要な問題だ。補聴器が

必要なのに、購入するほどの価値のある補聴器を

誰も作れない場合、生活の質に深刻な悪影響を及

ぼし、将来的には社会的孤立と身体的危険につな

がる可能性がある。

 だが、期待のギャップもまた(再度この言葉を

使うが)奇妙だ。高齢者向け製品には、なぜいつ

も興味をそそられないのだろう。大きくて、ベー

ジュ色で、退屈だからだろうか。高齢者にお金が

ないわけではない。米国では、50歳以上の人口

が全家計資産の 83%を支配しており、2015年

には 50歳未満人口の支出を上回った。下流効果

を含めれば、50歳以上の人口による経済活動は

ほぼ 8兆ドルだ。確かに富の分配は不均衡だが、

良い製品であれば、資金力のある人が先を争って

買うのではないだろうか。ところが、高齢者向け

製品に人気はない(ごく最近の例外については後

述する)。

 高齢者はテクノロジーにうといなどというのは

やめてほしい。この固定概念は、かつては多少真

実性があったかもしれない。2000年にインター

ネットを使用していた 65歳以上の米国人は、全

GEORGE WYLESOL

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“Old age” is made up̶and this concept is hurting everyone

体の 14%しかいなかったが、もはや状況は一変

している。現在、65歳以上の 73%がインターネッ

トに接続し、その半分がスマートフォンを所有し

ている。

 人間は我慢しないものだと思うのであれば、期

待のギャップは、ある種の真空状態にある。需要

が十分にある市場が、遅かれ早かれ問題を解決す

ると信じるのであれば、まるで、地面から 15セ

ンチメートル浮くフォルクスワーゲン大の石がな

かなか落ちてこないように、永遠に期待のギャッ

プは消えないだろう。

 心配はいらない。世界的な高齢化に関する多く

の自己矛盾の問題をチャンスに変えられること

は、無理なく説明できるのだ。

「黄金時代」というでっち上げ

 ここでいう期待のギャップ、つまり、製品と

消費者、雇用者と高齢従業員、75歳の人を「老

人」だと考えることと自己認識の間にある期待の

ギャップの根本原因は、拍子抜けするほどに単純

だ。もうお分かりだと思うが、「老い」は作られ

ている。

 確かに、ありとあらゆる不快な生物学的出来事

は(ホイットマン全集のように)、年齢とともに

やってくる。そして、死は最終的にあらゆる人に

訪れる。だが、こういった厳しい現実と、人類が

受け継いできた老いに関する最も有力な歴史の間

の差異は、期待のギャップやそれ以上のことを説

明するのに、十分に大きく、そして不変性がある。

 200年前、「高齢者」や「老人」問題を人類全

体の問題として解決すべきだと考える人はいな

かった。だが、科学によって真実が明らかにな

り、多くの制度が作られたことで事態は変わった。

19世紀前半、特に米国と英国の医師は、電池の

中のエネルギーと同様、「生命力」として知られ

る物質を体が使い果たすと、生物学的な老いが起

こると信じていた。生命力は、生涯を通して肉体

の活動に使われ、決して補充されることはない。

患者が老いの重要な兆候(白髪や閉経など)を見

せ始めた場合、医師としての健全な対応は、あ

らゆる行動を抑えるように指導するだけだった。

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“Old age” is made up̶and this concept is hurting everyone

「死がエネルギーの枯渇によってもたらされる場

合、目標とするのは、どんなことがあってもエネ

ルギーを保つことでした」というのは、1994年

に『Old Age and the Search for Security』(1994

年、未邦訳)を著したキャロル・ヘイバーだ。「正

しい食事を摂り、適切な洋服を着て、ある程度の

運動をする(あるいはある程度運動を控える)の

です」(ヘイバー)。性行為と肉体労働のいずれも

が、特にエネルギーを消耗すると考えられていた。

 1860年代までには、現代の病理学の概念が、

欧州大陸で考えられていた生命力の概念に取って

代わり始め、やがてその概念は米国と英国にも広

まっていった。だが一方で、社会や経済が発展し、

老いの概念は受動的な休息期間として固定化して

しまった。

 ますます機械化の進む職場では、効率性が新し

い合言葉であり、20世紀までには、専門家はオ

フィスや工場などあらゆる現場から離れ、労働者

からさらに生産性を絞り出していた。生命力に乏

しい高齢労働者は、格好の標的だった。1909年、

ある企業が最年長の従業員を退職させると、効率

性の専門家ハリントン・エマーソンは、「その企

業の永続的な将来にとって、望ましい痛みだ」と

主張した。私的年金(企業年金)の登場は、自然

な反応だった(私的年金は、1875年にアメリカン・

エクスプレスによって初めて導入され、その後数

十年で爆発的に増加した)。私的年金は、不本意

に退職した従業員に対する真の人道的懸念から作

られたが、加えて、定年退職という名の罪を犯し

て、ただ単に従業員を解雇しなければならない上

司にも道徳的な裏づけを与えた。

 1910年代までには、加齢は大々的な行動を起

こさなければならない問題だというのが社会通念

となった。1909年から 1915年の間に、米国で

は初の連邦レベルの年金法案が制定され、州レベ

ルの国民皆年金や高齢化に関する公的委員会の組

織化や、高齢者の経済状況に関する大規模な調査

が実施された。1909年、医学界では「老年医学」

という言葉が作られた。1914年までには、老年

医学に関する専門書が出版された。おそらく、当

時の風潮をよく描写しているのは、著名な(そし

て人種差別主義者として悪名高い)映画製作者

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