2013 年度の応募当時。敬称略。 -...

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第 21 回 JIA 東海学生卒業設計コンクール 2014 最終審査結果 ※掲載図面は作品の一部の場合もあり。入賞者の所属は 2013 年度の応募当時。敬称略。 ■総評 審査員長 赤松佳珠子 審査員 赤松佳珠子 委員長・法政大学准教授 CAt 浅井 裕雄 裕建築計画 栗原健太郎 studio velocity 一級建築士事務所 鈴木 利明 日本設計中部支社 平野恵津泰 ワーク◦キューブ 久安 典之 久安典之建築研究所 金賞 「記憶の祝祭」 山本将太 (名城大学) 銀賞 「加子母大学」 佐野智哉 (名古屋工業大学) 銀賞 60分の積層」 加藤福子 (名城大学) 佳作 「伽藍の跡 都市化する6つの寺の編集」 藤江眞美 (愛知工業大学) 佳作 「繰り返されることのない風景」 田中恵 (名古屋工業大学) 佳作 「ハシヅメ~隅田川沿いの長屋町~」 岩本美里 (愛知産業大学) 審査員特別賞 「虫探し」 後藤カイ (豊田工業高等専門学校) 入選 「盲目の再考盲目の空間把握特性を生かす設計手法の提案」 杉浦友哉 (名城大学) 入選 「農の隣にある暮らし」 小林しほり (三重大学) 入選 CYCLINER—廃線高架橋の再生」 高橋典晃 (名古屋大学) 1 次審査に集まった 45 作品の書類を各審査員が持ち 点 10 票で投票を行なったところ、 1 票 12 作品、 2 票 5 作品、 3 票5作品、4票4作品、5 票0 作品、6 票1 作品となり、1 票でも入った作品数は27点、約半数に上った。 議論の末、この中から 10 点が選ばれ 2 次審査へ進むこ ととなった。 公開プレゼンテーションは、1 次の書類審査だけでは 読み取れなかった思考や空間へ対する思いなど、それぞ れの人たちの真摯な思いが伝わる内容だった。自己満足 的で内向的な建築へのアプローチだけではなく、また、 できるだけ建築をつくらないといった消極的な考えで もなく、その場所の持つ潜在的な力や意味を丁寧に読み 取り、それらの関係性の中に建築を滑り込ませるような 提案が多かったように思う。形式や形体ありきの建築で はなく、さまざまな事柄や人々の関係性の中に現れる、 しなやかで柔らかいものとしての建築のあり方。それは 今の世の中の空気感を示しているのかもしれない。しか しながら、それぞれの提案は多様であり、タイプ別にグ ルーピングすることができないような広がりを持って いたこともまた特徴だった ように思う。各賞受賞者については個別の講評に譲り、 ここでは惜しくも賞を逃した 3 作品について述べたい と思う。 自分の出身地である小布施における農と生活の距離 感をテーマにした『農のとなりにある暮らし』(三重大: 小林しほり)は、半径 2km の小さな地域に 100 万人 / 年 の観光客が訪れる街でありながら同時に少子高齢化、農 業の衰退に直面している問題点を、この地域の特徴であ るオープンガーデンを活用した田園住宅のプロトタイ プをつくることで解決していく、というリアリティを 持った等身大の提案であり、共感する部分は多かった。 しかし、3つの異なる地域に対する提案性、兼業農家なら ではの空間的な組み立てなど課題も見られた。 『盲目の再考』 (名城大:杉浦友哉)は、晴眼者には把握 することのできない盲人の空間把握特性を全盲女性へ のヒアリングから抽出し、設計ルール・基本モデルへと 発展させ、実際の空間を組み立てる提案を行なっている。 世の中に前例のない空間を、必要としている人たちのた めにゼロからつくり上げようとする挑戦と熱意、そして ヒアリング分析から空間を組み立てるまでのアプロー チはきわめて明快で作者の力量を感じることができた が、最終的な建築としての現れ方、全体像が伝わりにく かったかもしれない。 新交通システムの廃線跡の高架を広域自転車道・歩 行者道として再生する『CYCLINER』 (名古屋大:高橋典晃) は、システムの提案としてはきわめて現実的で、緻密で、 実際にこのような提案が採用されれば、かなり意味のあ る高架橋の再生になるのではないかと思われる提案 だった。しかし、システムが通過動線としての再生に寄 りすぎてしまい、人々が楽しむことができるような場所 を新たにつくり出すといった空間的な提案がもう少し 欲しかったように思う。 これら 3 作品は残念ながら入選に終わってしまったが、 それぞれの提案は、深い思考と検討が重ねられた内容で、 審査員にも高く評価されたことを伝えておきたい。

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第21回 JIA 東海学生卒業設計コンクール2014 最終審査結果※掲載図面は作品の一部の場合もあり。入賞者の所属は 2013年度の応募当時。敬称略。

■総評 審査員長 赤松佳珠子

審査員 赤松佳珠子

委員長・法政大学准教授

CAt

浅井 裕雄

裕建築計画

栗原健太郎

studio velocity一級建築士事務所

鈴木 利明

日本設計中部支社

平野恵津泰

ワーク◦キューブ

久安 典之

久安典之建築研究所

金賞 「記憶の祝祭」 山本将太(名城大学)

銀賞 「加子母大学」 佐野智哉(名古屋工業大学)

銀賞 「60分の積層」 加藤福子(名城大学)

佳作 「伽藍の跡 都市化する6つの寺の編集」 藤江眞美(愛知工業大学)

佳作 「繰り返されることのない風景」 田中恵(名古屋工業大学)

佳作 「ハシヅメ~隅田川沿いの長屋町~」 岩本美里(愛知産業大学)

審査員特別賞 「虫探し」 後藤カイ(豊田工業高等専門学校)

入選 「盲目の再考—盲目の空間把握特性を生かす設計手法の提案」 杉浦友哉(名城大学)

入選 「農の隣にある暮らし」 小林しほり(三重大学)

入選 「CYCLINER—廃線高架橋の再生」 高橋典晃(名古屋大学)

 1 次審査に集まった 45 作品の書類を各審査員が持ち

点10票で投票を行なったところ、1票12作品、2票5作品、

3票 5作品、4票 4作品、5票 0作品、6票 1作品となり、1

票でも入った作品数は 27 点、約半数に上った。

議論の末、この中から 10 点が選ばれ 2 次審査へ進むこ

ととなった。

 公開プレゼンテーションは、1 次の書類審査だけでは

読み取れなかった思考や空間へ対する思いなど、それぞ

れの人たちの真摯な思いが伝わる内容だった。自己満足

的で内向的な建築へのアプローチだけではなく、また、

できるだけ建築をつくらないといった消極的な考えで

もなく、その場所の持つ潜在的な力や意味を丁寧に読み

取り、それらの関係性の中に建築を滑り込ませるような

提案が多かったように思う。形式や形体ありきの建築で

はなく、さまざまな事柄や人々の関係性の中に現れる、

しなやかで柔らかいものとしての建築のあり方。それは

今の世の中の空気感を示しているのかもしれない。しか

しながら、それぞれの提案は多様であり、タイプ別にグ

ルーピングすることができないような広がりを持って

いたこともまた特徴だった

ように思う。各賞受賞者については個別の講評に譲り、

ここでは惜しくも賞を逃した 3 作品について述べたい

と思う。

 自分の出身地である小布施における農と生活の距離

感をテーマにした『農のとなりにある暮らし』(三重大:

小林しほり)は、半径 2km の小さな地域に 100 万人 /年

の観光客が訪れる街でありながら同時に少子高齢化、農

業の衰退に直面している問題点を、この地域の特徴であ

るオープンガーデンを活用した田園住宅のプロトタイ

プをつくることで解決していく、というリアリティを

持った等身大の提案であり、共感する部分は多かった。

しかし、3つの異なる地域に対する提案性、兼業農家なら

ではの空間的な組み立てなど課題も見られた。

 『盲目の再考』(名城大:杉浦友哉)は、晴眼者には把握

することのできない盲人の空間把握特性を全盲女性へ

のヒアリングから抽出し、設計ルール・基本モデルへと

発展させ、実際の空間を組み立てる提案を行なっている。

世の中に前例のない空間を、必要としている人たちのた

めにゼロからつくり上げようとする挑戦と熱意、そして

ヒアリング分析から空間を組み立てるまでのアプロー

チはきわめて明快で作者の力量を感じることができた

が、最終的な建築としての現れ方、全体像が伝わりにく

かったかもしれない。

 新交通システムの廃線跡の高架を広域自転車道・歩

行者道として再生する『CYCLINER』(名古屋大:高橋典晃)

は、システムの提案としてはきわめて現実的で、緻密で、

実際にこのような提案が採用されれば、かなり意味のあ

る高架橋の再生になるのではないかと思われる提案

だった。しかし、システムが通過動線としての再生に寄

りすぎてしまい、人々が楽しむことができるような場所

を新たにつくり出すといった空間的な提案がもう少し

欲しかったように思う。

 これら3作品は残念ながら入選に終わってしまったが、

それぞれの提案は、深い思考と検討が重ねられた内容で、

審査員にも高く評価されたことを伝えておきたい。

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金賞 記憶の祝祭 山本将太(名城大学)

今回の作品の中で、 もっとも評価が難しい案がこの 『記憶の祝祭』

だったかもしれない。

3.11 東日本大震災から 3 年が経過し、 卒業設計でも震災絡みの

案がほとんど見られなくなってきた。そんな中、 震災の記憶が風化

していくこと、 津波の脅威が歴史とともに再び忘れ去られていくこと

に対する強い危機感がこの案の原動力となっている。負の記憶の

継承。さまざまな感情があり、思惑があり、一つの価値観では決して

語ることができない、 それでいてわれわれすべてが直面している大

きな問題に真摯に、 そして果敢に挑んだ提案である。建築はいつ

か消滅する。千年を超えて震災の記憶を伝えるために彼が選んだ

手段は祝祭であった。全長 60m、総トン数 330t の第十八経徳丸を、

海岸から 500m 内陸まで押し流した津波の威力をネガの空間として

残すこと。共有意識の中に存在させること。

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負の記憶を祝祭として表現することへの異議もあった。この提案

に至る前段として、 被災地や被災した人たちへの配慮や思いが

どうあるべきなのか。この点は賛否分かれる部分もあろうかと思う

が、目の前にあって日々の生活の中で負の記憶を呼び戻させて

しまう建築物としてではなく、 20 年に 1度の祭りの時だけ、 その

記憶が浮かび上がるストーリー性には説得力があった。そして、

何よりもそれを表現した模型は構築的であり、 その空間は美し

かった。負の記憶を脅威としてではなく、20 年に 1度の祝祭とし

て、また美しく現れる幻の空間として立ち上げることこそが、千年

先まで引き継いでいく唯一の手段なのかもしれない。

(赤松佳珠子)

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銀賞 加子母大学 佐野智哉(名古屋工業大学)

 岐阜県の旧加子母村は以前から “域学連携 ”に取り組んでおり、

本案は、 そのフィールドワークを通して地域資源の再編集を試みた

提案である。

 東濃ひのきの産地であるこの地域では、 古くから根付いた “1000

坪割 ” という仕組みにより住民の 90%近くが山林を小さく所有し、

造林や林道整備が綿密に行われているという。この仕組みに着想

を得て、地域に点在する自然環境や施設などの既存の要素を回廊

でつなぎ、その全体像を地域に守り育てられる “大学 ” として提案

している。

 岐阜県の旧加子母村は以前から “域学連携 ”に取り組んでおり、

本案は、 そのフィールドワークを通して地域資源の再編集を試みた

提案である。

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東濃ひのきの産地であるこの地域では、 古くか

ら根付いた “1000 坪割 ” という仕組みにより住

民の 90%近くが山林を小さく所有し、 造林や林

道整備が綿密に行われているという。この仕組

みに着想を得て、 地域に点在する自然環境や

施設などの既存の要素を回廊でつなぎ、その全

体像を地域に守り育てられる “ 大学 ” として提

案している。

 いわゆる “ フィールドミュージアム ” に建築的

な要素をほどよく加え、 地域のソフトとハードを

融合させて “学びの場 ” として編集し、さらにそ

れを新たな “ 風景 ” として位置付けているわけ

だが、 決して大風呂敷を広げているわけではな

く、 地域住民との十分なコミュニケーションを踏

まえた丁寧なアプローチと、 控え目な建築的 ・

ランドスケープ的配慮ゆえに、 むしろ十分なリア

リティと、ある種の普遍性を感じさせる。

 卒業設計に取り掛かる際、建築化にとらわれる

あまりに過剰な計画となったり、概念の提示が建

築化しきれないものとなったりしがちだが、 この

計画では建築が地域のアクティビティを誘発す

る装置としての役割を果たしており、 かかわった

地域への温かい想いとともに、 そのほどよいさじ

加減が評価された。

(久安典之)

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銀賞 60分の積層 加藤福子(名城大学)

 「60 分の積層」は、オフィス街のビルの隙間にさまざまな「食」空間

が立体的に張りめぐらされる、 都市のリノベーション案だ。既存建築

の構造やプログラムを変更することなく現実のまま受入れ、そこに軽

やかで細い散歩道状の食空間を連続的かつ立体的に付加するこ

とで、内部の人々の活動がファサードに現れ、また既存のビル群を

行き来できるようになっている。そういった手数の少ない操作で既存

都市を大きく変える試みは、リノベーション系の案にとってもっとも重

要なことだと思う。さらに、 この操作によって独立していたそれぞれ

の場所のコミュニティが連鎖的につながっていくようなイメージが、

法的 ・利権的にできるかどうかの現実性の壁を突破していて、 とて

もよかった。

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 卒業設計におけるリアリティとは何だろうか。

実在する施主に依頼されたわけでもないのに、

どのようにリアリティを持って提案の説得力を持

ちうるのか。対象のリサーチやアンケートを徹底

することで、 より深くぼくらの置かれている状況

を認識させ説得力をもたらすことができるが、 他

方で現実を強く肯定するポジティブさが 「世の

中捨てたもんじゃない!」 というような共感という

リアリティを獲得する場合がある。この案の場合、

後者の比重が大きい。

 そのような見る者の心を動かす提案力は建築

家にとってとても重要であり、 それが人々のコ

ミュニティをつなげるような社会性を含んでいて

ほしいと、あらためて認識した案だった。

(栗原健太郎)

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佳作 伽藍の跡 都市化する6つの寺の編集 藤江眞美(愛知工業大学)

 遠い昔、 仏教が大陸から伝わってきた時代、 寺院は時の最

先端を行くものであった。キラびやかな装飾を施し、権力をも手

中に収めたこともあった。近代、 日本の仏教が葬式仏教へと向

かってから、すでに久しい。また、現代ではそれすらも成り立た

なくなった寺院も多く存在する。この作品は、 遠い昔のキラび

やかな寺院を再興するのではなく、むしろ、葬式仏教と言われ

てから久しい時代の寺院を、 まったくもって性格を異にする新

しいコミュニティの核とすべく、掘り起こしたものとなっている。

 仏教、 とくにこの作品は曹洞宗の寺院における精神や戒律、

行といったコトを、現代人の行為、行動や趣向、プログラムと関

連付けているところは、 作者の深い調査と研究あってのものと

感心させられる。

 この名古屋で、地下空間を取り上げての卒業制作は、これま

でも数多く存在した。栄地下街には、東京、大阪、札幌、他の

都市のそれとは違った発展形を見て取れる。しかし、 この地下

街と地上の街との関係性の薄さは、今に始まったことではない。

この問題に対して、 数多くの諸先輩方も挑んできたことと思う。

かく言う私もその一人ではある。しかし、 この作品では、 寺院と

いうアイテムを使い、解決困難と思われる問題

(薄れ行く寺の存在、 地下空間と地上の街との関係性)を抱え

ながらも、果敢に挑んだ作品として評価したい。

(平野恵津泰)

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佳作 繰り返されることのない風景 田中恵(名古屋工業大学)

 最後のお別れの火葬場は親族や友人たちにとって、 故人のエピソードを思い死と向き合う神聖な場。名古屋な

どの都市の火葬場は、多くの方と別れをするため炉の扉もいくつもあり、裏側を眺めるとさながら工場のようで、私

も違和感を覚えたこともある。

 田中恵くんの作品は、故人への記憶と死に対し、 躯体の厚さや空間の広さ、 光量などグラデーションを使って、

別れの儀式を真摯に表現しようとしている。

 また、火葬されて身体が物理的に消えてゆく過程をグランドラインから地中へとアプローチし、光量が絞られた空

間は参列者と故人がともにこの世とあの世の曖昧な空間を移動しているようで、 美しい表現だ。故人が昇華してゆ

く様子を感覚的に体験できると言える。

 提案の敷地は、 作者本人がよく通ったという愛知県森林公園。その風景をさまざまな開口の形態を使って切り取

りながら、 記憶を積み重ね故人との別れを表現しようとしているが、 開口の先の森が具体的に設定されていないと

ころは残念で、もう少しスタディしてほしかった。そこには、この世の美しい断片がたくさんあったに違いない。本人

はこの作品を不完全として納得してないようだ。伸びしろのある若者の今後の作品に大きな期待をしたいと思う。

(浅井裕雄)

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佳作 岩本美里(愛知産業大学)

 計画地は隅田川のほとりの下町 ・深川の、 永代橋のたもとの独特な下町文化の発信地「橋詰=ハシヅメ」。かつては芝居興行など自然

発生的な「ハレの場」と活気ある日常生活の長屋の街割り ・ 路地空間が共存した自身の出身地に、 エネルギッシュでコミュニケーション豊

かなまち空間を再構築することに熱い想いを馳せた力作である。

 川沿いのフィジカルな街並み形成は流暢な流れにリニアに展開するのが常道だが、 この計画ではあえて、 それに直交方向の不規則な

直線壁と台形平面ユニットの連なりで解き、 それを繋ぐ二層の路地とたまりの空間「カワドコとカワユカ」が活気ある日常交流を促す仕組み

とした。

 大小の凸凹空間が確かにさまざまなドラマを想起させるが、 全景として橋や船からは川沿いの洋々たる一体造形が感じられても、「ハシ

ヅメ」空間の只中からそんな全貌を感じ取れないのが口惜しい。

 堅固な RC壁体と可変で優しい木床のハイブリッド構成も面白く、防災や随時リノベーション面でのメリット発揮の可能性も感じたが、1 次

審査で直感した、不規則で太くて短い直線壁群が織り成す煩雑感 ・偏屈感は最終審査まで払拭できなかった。

(鈴木利明)

ハシヅメ ~隅田川沿いの長屋町~

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後藤カイ

 応募作品すべての中で、もっとも個性的な案が「虫探し」であった。独特の色彩とタッチで描き出された世界は、一冊の絵本としても完成

度が高く、異彩を放っていた。

 古い賃貸集合住宅の日常風景の中に現れる生活感。雑然と並ぶ室外機やポストの貼り紙など、 放置されているかのように見える事物を

虫たちになぞらえている。いろいろな生活に挑戦できる楽しい住宅の提案と言いながらも、 そこに表されていたのは、 ざわざわと鳥肌が立

つような世界観。誰もが気になりなが

ら、しかし、卒業設計というフィールドとは違う時空にあるこの作品をどうしたらよいのか考えあぐねていたとき、一人の審査員から、話を聞

いてみたくはないかとの一言が発せられた。

自分のみの世界を展開するゆるぎない信念と、メインストリームからはちょっと距離を置く立ち位置。しかし、話はとてもまっすぐで好感を持

てる人物であった。模型はつくったけれど、気に入らなかったので壊してしまったと後から聞いた。建築、空間の提案になっていたかどうか

ということは、もはや問題ではない。すべてのエネルギーをぶつけた渾身の思いと彼の未来にエールを送りたい。

(赤松佳珠子)

虫探し審査員特別賞 (豊田工業高等専門学校)

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 JIA東海学生卒業設計コンクールも、今年で 21 回目の開催とな

りました。2013 年度末に、東海地方の大学・短大・工専・専門学

校など 35校の建築関係学科へ作品募集の要項を送付し、2013年 3

月 31日の締め切り日までに 13 校 45作品の応募がありました。

●第1次審査:4月 19日(日)13:00〜17:00、東海工業専門学校金

山校にて。審査員長に法政大学准教授赤松佳珠子先生を迎え、東海

支部会員である浅井裕雄、栗原健太郎、鈴木利明、平野恵津泰、久安

典之各氏に審査員をお願いし、以下の審査方法にて入選 10点が選

ばれました。まず、各審査員が全作品を 1 時間半かけて各自審査し、

1回目は、各審査員が 10作品を選出し、その時点で 4点以上取得

した 5作品を入選とし、2点取得した 12作品を対象に 2回目の投

票をして、4作品を選出しました。さらに 3回目の投票で 1作品を

選出し、合わせて 10作品を選出・決定しました。

●応募作品展示会:5月 28日(火)〜6月 8 日(日)、名古屋都市セ

ンター 11Fまちづくり広場にて。45作品を展示。入選作品は、模型

とともに展示されました。会期中、2,488人の来場がありました(名

古屋都市センターより報告)。

●公開審査会:5月 31日(土)、名古屋都市センター 11F大研修室

にて。石田壽東海支部長挨拶、審査経過報告(委員長)の後、公開プ

レゼンテーション(各プレゼン4分、質疑7分/人)を開始しました。

 休憩後、公開審査会が開催されました。まず、審査台の前に 10作

品の模型を並べ、1回目は、各審査員が 10 点を持ち点とし、よいと

思う作品 3点を選出し、それぞれに配点をしました。2回目は、高

得点の 2 作品と無得点の 2 作品を除いた 6 作品から各審査員に 2

点を選出してもらい、その点数の多かった 3作品を選出しました。

この時点で、まだ金賞・銀賞候補作品は決まっていません。最初の

高得点の 2 作品から、6 人の審査員の多数決で金賞候補作品を選

出し、残りの高得点作品と先ほどの 2 回目の審査で高得点だった

作品の 2作品が銀賞候補作品に選出されました。そして、残りの作

品から 3 作品が佳作候補作品として選出されました。今回特別に、

審査員特別賞が設けられ、1作品が選出されました。また、全国コ

ンクールへは、金賞・銀賞・佳作・審査員特別賞の 7作品が、推薦さ

れました。

●記念講演会:テーマ「いきいきとした場所の作り方—未来に向け

て」講師:赤松佳珠子先生(法政大学准教授) 詳しい内容に関し

ては、9月号で紹介します。

●表彰式:石田支部長より表彰状が、赤松審査員長より副賞が、各

入賞者に手渡されました。閉会後、近くの居酒屋で、入賞者・審査

員・コンクール委員など、30名近い人数で親睦会が開催されました。

作品についての議論、意見交換などをし、学生にとって大変に有意

義で、貴重な場・時間でありました。

●終わりに:当コンクールは、この地域の学生の成長を願い開催

され、はや 21 回を迎えました。今後も JIA 東海支部の主要な活動

の一つとして、地元大学などとの連携を図りながら取り組んでい

く所存です。また、今回から、facebookで上記の内容を紹介してお

り、過去の入賞作品も閲覧できますので、参

考にご覧いただければと思います。21 回と

いう回を重ね、さらなる発展を願い、また気

持ちを新たにして運営にあたり、来年も、1

人でも多くの学生に応募していただくこと

を期待しております。

■審査に寄せて第21回 JIA 東海学生卒業設計コンクール委員会委員長 吉川法人

左|熱心に聞き入る参加者 右|会場の様子

入賞者の方々と赤松桂珠子さん(前列中央)