資料6 -...

16
1 地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会 4 イギリス・コミュニティ利益会社(Community Interest Company: CIC)制度の概要 産業能率大学経営学部 中島 智人 特徴の整理 コミュニティ利益会社(CIC)は、イギリスに伝統的な民間非営利団体であるチャリテ ィが法人格の取得に利用してきた保証有限責任会社(CLG)に加え、株式有限責任会社 CLS)の形態をとることができる。そのため、株式発行による資金調達が可能である。 コミュニティ利益(CIC)に対する規制は、チャリティに対する規制よりも負担が少な い。 資産処分制限(アセットロック)や配当・利子支払制限により、コミュニティ利益会社 CIC)の資産がコミュニティ利益のために活用されることが保証される。 コミュニティの利益の増進に照らし合わせて、株主に対する権利の付与や利害関係者 (ステークホルダー)の関与など、柔軟なガバナンス設計が可能である。 取締役としての役務に、報酬を支払うことができる。 1. 根拠法令 2004 年会社(監査、調査およびコミュニティ会社)法:Companies (Audit, Investigations and Community Enterprise) Act 2004、第二編(Part 2)コミュニティ 利益会社 2005 年コミュニティ利益会社規則:Community Interest Company Regulations 2005 2009 年コミュニティ利益会社(修正)規則:Community Interest Company (Amendment) Regulations 2009 2006 年会社法:Companies Act 2006 2. コミュニティ利益会社(CIC)制度創設の経緯 検討経過 コミュニ利益会社(CIC)制度の創設は、政府より社会的企業戦略とともに、より広範なチ ャリティを含む非営利セクター全般の制度改革の一環とし捉えることができる。 制度成立にあたっては、政府案の提示とそれに対する公開諮問(意見公募)が何度か繰り 返され、政府の政策的意図に民間からの意見を取り入れながら、作業が進められたという 特徴がある。意見公募の結果、当初の政府案から見直された個所も複数見受けられる。 社会的排除への対応、荒廃地域の地域再生、公共サービス改革は、当時のブレア労働党政 権にとって解決すべき大きな課題であった。 資料6

Transcript of 資料6 -...

  • 1

    地域を支えるサービス事業主体のあり方に関する研究会 第 4 回 イギリス・コミュニティ利益会社(Community Interest Company: CIC)制度の概要

    産業能率大学経営学部 中島 智人

    特徴の整理

    ・ コミュニティ利益会社(CIC)は、イギリスに伝統的な民間非営利団体であるチャリティが法人格の取得に利用してきた保証有限責任会社(CLG)に加え、株式有限責任会社(CLS)の形態をとることができる。そのため、株式発行による資金調達が可能である。

    ・ コミュニティ利益(CIC)に対する規制は、チャリティに対する規制よりも負担が少ない。

    ・ 資産処分制限(アセットロック)や配当・利子支払制限により、コミュニティ利益会社

    (CIC)の資産がコミュニティ利益のために活用されることが保証される。 ・ コミュニティの利益の増進に照らし合わせて、株主に対する権利の付与や利害関係者

    (ステークホルダー)の関与など、柔軟なガバナンス設計が可能である。

    ・ 取締役としての役務に、報酬を支払うことができる。

    1. 根拠法令・ 2004 年会社(監査、調査およびコミュニティ会社)法:Companies (Audit,

    Investigations and Community Enterprise) Act 2004、第二編(Part 2)コミュニティ利益会社

    ・ 2005 年コミュニティ利益会社規則:Community Interest Company Regulations 2005 ・ 2009 年コミュニティ利益会社(修正)規則:Community Interest Company

    (Amendment) Regulations 2009 ・ 2006 年会社法:Companies Act 2006

    2. コミュニティ利益会社(CIC)制度創設の経緯検討経過

    コミュニ利益会社(CIC)制度の創設は、政府より社会的企業戦略とともに、より広範なチャリティを含む非営利セクター全般の制度改革の一環とし捉えることができる。

    制度成立にあたっては、政府案の提示とそれに対する公開諮問(意見公募)が何度か繰り

    返され、政府の政策的意図に民間からの意見を取り入れながら、作業が進められたという

    特徴がある。意見公募の結果、当初の政府案から見直された個所も複数見受けられる。

    社会的排除への対応、荒廃地域の地域再生、公共サービス改革は、当時のブレア労働党政

    権にとって解決すべき大きな課題であった。

    資料6

  • 2

    2001 年には、貿易産業省に社会的企業局(Social Enterprise Unit)が設置され、省庁間や民間との調整を行い、社会的行戦略を進めた。

    2002 年 7 月 政府による「社会的企業戦略」が示される 1。 貿易産業省 2002 年 9 月 「民間活力と公益」で、チャリティおよびその他の非

    営利組織の法制度改革が示され、その一環としてコミ

    ュニティ利益会社(CIC)が示される 2。 同時に、「民間活力と公益」のディスカッションペー

    パーとして社会的企業向けの法人制度が整理され

    る 3。

    内閣府戦略局

    2003 年 3 月 政府よりコミュニティ利益会社(CIC)の制度案が示され、制度案に対する公開諮問(意見公募)がなされる 4。

    貿易産業省、財

    務省、内務省 2003 年 10 月 「社会的企業戦略」にかかわる経過報告書が発表され

    る 5。 貿易産業省

    2003 年 10 月 コミュニティ利益会社(CIC)制度案に対する意見への政府見解が示される 6。

    貿易産業省

    2004 年 10 月 2004 年会社法の成立に合わせ、コミュニティ利益会社(CIC)規則(案)についての意見公募がなされる 7。

    貿易産業省

    2004 年 12 月 コミュニティ利益会社(CIC)制度の導入を公表される 8。

    貿易産業省

    2005 年 1 月 コミュニティ利益会社規制官(CIC Regulator)が公表される 9。

    貿易産業省

    2005 年 1 月 コミュニティ利益(CIC)会社規則(案)についての意見への政府見解が公表される 10。

    貿易産業省

    1 Department of Trade and Industry (2002) Social Enterprise: A Strategy for Success. 2 Strategy Unit, Cabinet Office (2002) Private Action, Public Benefit: A Review of Charities and the Wider Not-For-Profit Sector. 3 Strategy Unit, Cabinet Office (2002) Private Action, Public Benefit: Organisational Forms for Social Enterprise. 4 Department of Trade and Industry (2003) Enterprise for Communities: Proposals for a Community Interest Company. 5 Department of Trade and Industry (2003) A Progress Report on Social Enterprises: A Strategy for Success. 6 Department of Trade and Industry (2003) Enterprise for Communities: Proposals for a Community Interest Company – Report on the Public Consultation and the Government’s Intentions. 7 Department of Trade and Industry (2004) Consultation on Draft Regulations for Community Interest Companies. 8 Department of Trade and Industry (2004) An Introduction to Community Interest Companies. 9 Department of Trade and Industry (2005) The Regulator of Community Interest Companies. 10 Department of Trade and Industry (2005) The Draft Community Interest Company Regulations 2005: Consultation Responses for the Consultation Beginning on 11 October 2004 and Ending on 4 January 2005.

  • 3

    背景

    荒廃地域における地域再生や社会的排除のように、複合的な課題(社会的課題と経済的課

    題との融合)への対処手段として、社会的企業が期待されていた 11 12。 - 雇用創出、職業訓練・機会の提供、市場で調達できない財・サービスの供給 - 地域社会・個人のエンパワーメント

    「社会的企業戦略」における社会的企業への期待 13 - 市場経済における競争力と生産性の向上 - 持続的な経済活動による富の創造 - 近隣地域再生・都市再生 - 公共サービスの提供と公共サービス改革 - 社会的・経済的包摂 「社会的企業向けの法人制度に求められる要件」の整理 14

    1. 社会的目的のために取引活動を行い、剰余金を生み出し、富を創造する能力 2. 非分配制約原則 3. 公益的目的のために永続的に費消される資産 4. 革新的・起業家的活動を阻害せず、不正を防ぐ規制 5. 利害関係者(ステークホルダー)の参加のような、多様なガバナンス構造を導入できる柔軟性 6. 強固な「公益」ブランド 7. 広範な資金調達手段 8. 会員もしくは株主の有限責任 9. 合併もしくは買収の可能性 10. 法人形式間の移行可能性

    会社法にもとづいてコミュニティ利益会社(CIC)制度が形成されている理由

    ・ 伝統的に民間公益を担うチャリティ制度が整備されていたものの、厳格な「公益目的・

    公益性」の確保の観点から、目的・事業、資金調達、ガバナンスとマネジメントなどに、

    自由度が乏しかった

    11 Social Exclusion Unit, Cabinet Office (1999) Enterprise and Social Exclusion (Policy Action Team 3 Report). 12 Department of the Environment, Transport and the Regions (1999) Community Enterprise: Good Practice Guide. 13 Department of Trade and Industry (2002) Social Enterprise: A Strategy for Success. 14 Strategy Unit, Cabinet Office (2002) Private Action, Public Benefit: Organisational Forms for Social Enterprise.

  • 4

    ・ さらに、チャリティはチャリティ向け法人格としてのチャリティ法人(Chartable Incorporated Organisation: CIO)の議論が平行して進められていた

    ・ 協同組合法制は、歴史的な経緯から複雑であり使い勝手が悪く、チャリティ制度と同様

    に近代化の議論が開始されていた ・ 協同組合は、協同組合原則、特に民主的な意思決定や利害関係者(ステークホルダー)

    の影響力の確保などガバナンスのうえで、すべての起業家的な活動と整合性のあるもの

    ではなかった ・ 既に会社の一形態である保証有限責任会社(Company Limited by Guarantee: CLG)

    は、チャリティ会社(charitable company)と言われるチャリティの法人格として活用されており、また、チャリティ以外の非営利組織でも活用されており、会社法全体を見

    れば必ずしも営利のみのものではなかった 3. CIC に隣接する法人制度 有限責任会社(limited company)

    大きく株式有限責任会社(Company Limited by Shares: CLS)および保証有限責任会社(Company Limited by Guarantee: CLG)に分けられる。会社法(現行法は、The Companies Act, 2006)の規定にもとづく法人格であり、会社登記所(The Companies House)の規制を受ける。これらの法人格は、本来は営利企業のためのものではあるものの、これ

    までチャリティが法人格を取得する場合には保証有限責任会社が用いられてきた。なお、

    株式有限責任会社は、私的利益の分配が認めらえていないチャリティにとっては現実的で

    はない。また、協同組合が会社法の規定にもとづいて法人格を取得する場合、株式有限責

    任会社、保証有限責任会社のどちらも取得可能である。例えば、資本の論理ではなく協同

    所有や「1 人 1 票」の原則を重んじる労働者協同組合のような場合は保証有限責任会社が選択され、資本調達が必要な場合は株式有限責任会社が用いられるように、それぞれの協同

    組合の性格によって決定される。 保証有限責任会社(CLG)

    会社の一形態。株式を持たないため社員は「会員(member)」と呼ばれる。保証有限責任会社(CLG)の社員は、会社の債務に対して「保証(guarantee)」を提供する。しばしば、非営利向けの法人とみなされ、実際、チャリティが法人となるための手段として広く用い

    られていた。 必要会員数は、1 名以上。会員は、会員総会で 1 人 1 票の投票権を有する。ただし、定款によりさまざま種類の会員を規定することができる。また、少なくとも 1 名の取締役を有する。 利益分配が法的に禁止されている訳ではないものの(2006 年会社法)、定款に利益分配の禁止が定められている場合が多い。

  • 5

    協同組合

    産業節約組合(IPS)は、1965 年産業節約組合法(Industrial and Provident SocietiesAct,1965)によって規定された協同組合向けの法人格である。国際協同組合同盟(International Co-operative Alliance: ICA)による価値や原則に従い、組合員 1 人 1 票の議決権をもち、組合員のための相互利益を目指す真正協同組合(Bona fide Co-operative、現 Co-operative Society)および、協同組合の形態をとりながらコミュニティの利益のために設立されたコミュニティ利益組合( Community Benefit Society: CBS)がある。現在産業節約組合(IPS)の名称は廃止され、現在は、登録組合(Registered Society)に名称が統一された。金融サービス機構(The Financial Service Authority: FSA)から再編された金融行為機構(The Financial Conduct Authority: FCA)によって監督されている。 チャリティ

    チャリティは法人格とは独立した制度であるため、さまざまな法人格をもつ(持たない)。

    そのうちチャリティ法人(Charitable Incorporated Organisation: CIO)は、2006 年チャリティ法(Charities Act, 2006)によって導入されたチャリティ向けの法人格である。2011年チャリティ法(Charities Act, 2011)のほか、2012 年チャリティ法人(一般)規則(Charitable Incorporated Organisations (General) Regulations, 2012)、2012 年チャリティ法人(破産および解散)規則(Charitable Incorporated Organisations (Insolvency and Dissolution) Regulations, 2012)の成立をうけて、2012 年 12 月から運用が開始されている。なおチャリティについては、イングランドおよびウェールズ、スコットランド、そし

    て北アイルランドがそれぞれ独自の制度を有している。チャリティ法人には、「社団型

    (association type)」および「財団型(foundation type)」の二種類の類型が規定されている。 4. コミュニティ利益会社(CIC)制度の特徴 コミュニティ利益会社(CIC)の特徴

    ・ 会社法にもとづく株式有限責任会社(CLS)もしくは保証有限責任会社(CLG)である ・ コミュニティ利益テスト(community interest test)を満たすことが求められる ・ 資産処分についての制限(asset lock)がある ・ (株式会社の場合)株主への配当は可能なものの上限(dividend cap)が設けられる ・ チャリティとして登録できなく、またコミュニティ利益会社(CIC)にかかわる税制優遇

    はない

  • 6

    コミュニティ利益テスト(Community Interest Test)

    コミュニティ利益テストは、「通常人(reasonable person)が、その活動がコミュニティの利益のために遂行される」かどうかという観点から判断される。コミュニティ利益会社

    (CIC)の申請団体は CIC 規制官に対してその証拠を示さなければならず、具体的には活動目的など定款の記載事項やコミュニティ利益宣言(community interest statement)によって判断される。コミュニティ利益テストの運用は、CIC 規制官が「ライトタッチ」と表現するように、チャリティにおける公益テストよりも広範に判断され、例えば、従業員や

    会員への利益を提供しており、それがより広範なコミュニティ 15への利益であると認めら

    れる場合はコミュニティ利益会社(CIC)となりうる。例えば、就労困難者に対する雇用の確保のため、あるいは会員の満たされないニーズの提供のために立ち上げる場合、コミュ

    ニティ利益テストを満たすものとみなされる。一方で、特定の個人や団体の利益のため、

    と判断される場合には、コミュニティ利益会社(CIC)とは認められない。 アセットロック(資産処分制限)

    コミュニティ利益会社(CIC)においては、すべての資産は、コミュニティの利益のために活用されるために内部に留保されなければならない。資産の社外移転が認められるのは、

    次のいずれかの場合に限定される。 ・ 資産の処分に際して市場価格が参照され、コミュニティ利益会社(CIC)が引き続き処分

    された資産の価値を受け継ぐ ・ 定款に規定されたチャリティなど資産処分が制限された他団体へ移転する ・ CIC 規制官による同意のもと他の資産処分制限団体へ移転する ・ コミュニティの利益のために活用する また、コミュニティ利益会社(CIC)の清算時に残余財産があった場合でも株主は株式の価格(paid-up value)を超えた利益分配を受けることができず、残りの資産は定款に規定された資産処分制限団体(定款に規定のない場合は CIC 規制官の指示による)に分配されることになる。 配当・利子制限(cap)(2004 年会社法)

    株式を有するコミュニティ利益会社(CIC)は、配当を行うことができる。これは、コミュニティ利益会社(CIC)の資金調達手段として、投資という選択肢を確保するためである。しかし、コミュニティ利益会社(CIC)の本来の目的は「コミュニティの利益」であり、利

    15 ここでいう「コミュニティ」とは、ある特定の地理的な範囲に限定される「地域コミュニティ」と、特定の興味・関心、あるいは利害を共有する「テーマコミュニティ(あるいは、イシューコミュニティ)」双

    方を指す。

  • 7

    益処分での投資家への利益分配と目的への再投資とのバランスをとるため、配当に際して

    はいくつかの制限が設けられている。 まず、一株当たりの配当制限である。コミュニティ利益会社(CIC)制度の導入当初(2005年)は、一株当たりの配当の上限は、イングランド銀行の基本利率に 5 パーセント足した割合であった。2010 年 4 月以降は、株式の払済価格の 20 パーセントに引き上げられた。さらに、2014 年 10 月には、一株当たりの配当制限は撤廃され、処分可能利益の 35 パーセントまで(総額最大配当制限)と規定されている。 また、融資(借入)や債券に対する成果連動型利子の支払いにかかわる制限もあり、2014年 10 月からそれまでの上限 10 パーセントから 20 パーセントに引き上げられている。 会社類型ごとの配当制限とアセットロック

    コミュニティ利益会社(CIC)における配当は、法人類型により異なる。さらに、定款・規則への記載、CIC 規制官による承認の有無によっても異なる(2005 年コミュニティ利益会社規則別表 1 から別表 3)。 (株式のない)保証有限責任会社(CLG)(別表 1) ・ 株式がないため、配当はできない。 ・ 資産の移転は、定款などに規定された資産処分制限団体(アセットロック団体)、また

    それ以外の資産処分制限団体に対しては CIC 規制官の承認が求められる。 株式有限責任会社(CLS)(もしくは株式のある保証有限責任会社 16)のうち別表 2 適用 ・ 資産の移転は、定款などに規定された資産処分制限団体(アセットロック団体)、また

    それ以外の資産処分制限団体に対しては CIC 規制官の承認が求められる。 ・ これらの団体に対する配当には、配当制限(cap)の適用はない。 株式有限責任会社(CLS)(もしくは株式のある保証有限責任会社)のうち別表 3 適用 ・ 資産の移転は、定款などに規定された資産処分制限団体(アセットロック団体)、また

    それ以外の資産処分制限団体に対しては CIC 規制官の承認が求められる。 ・ これらの団体に対する配当には、配当制限の適用はない。 ・ 資産処分制限団体以外の株主(投資家)に対して、配当が可能である。ただし、これら

    の投資家は、定款などへの規定が必要であり、その配当には配当制限が適用される。 ・ 定款などへの規定や CIC 規制官の承認のない資産処分制限団体には、その他投資家と

    同様の配当制限が適用される。

    16 1981 年以降、株式のある保証有限責任会社(Company Limited by Guarantee with a share Capital)の設立は認められていない。しかし、それ以前に設立された株式のある保証有限責任会社はそのまま CICになることができる。

  • 8

    コミュニティ利益会社(CIC)による配当は、定款などによる規定にかかわらず、その対象が資産制限団体であっても、会員(社員)による普通決議もしくは特別決議を要する。 取締役の義務・報酬

    コミュニティ利益会社(CIC)の取締役(directors)は、CIC 以外の会社法人と同様の忠実義務を負う(2006 年会社法第 174 条)。さらに、会社における一般的な忠実義務に加えて CIC の取締役は、会社がコミュニティ利益テスト(community interest test)の原則にしたがって運営されていることを保証しなければならない。 なお、ここでいう取締役とは、正式に任命されているかどうかを問わず、実質的に取締役

    としての職責を果たす者すべてをさす。 コミュニティ利益会社(CIC)の取締役は、報酬を受けることができる。しかし、その報酬は、次のような留意点がある。 ・ CIC 取締役は、当該 CIC への(取締役としての)業務に対して報酬を受けることがで

    きる。 ・ その報酬は、妥当なもの(reasonable)でなければならない。 ・ その報酬の決定は透明に行われなければならい。 ・ その報酬額が不当に高額である場合、CIC 規制官、もしくは CIC の会員(社員)は、

    法的手段に訴えることができる。 取締役に対する報酬は、会社法に適用される取締役の義務のほか、コミュニティ利益会社

    (CIC)特有のコミュニティ利益テスト、アセットロックの視点から判断される。さらに、定款等の記載によりなされることが求められている。 ガバナンス

    社員 ・ 保証有限責任会社(CLG)の場合、保証人が社員となる。 ・ 株式有限責任会社(CLS)の場合、株主が社員となる。CLS では、株主に種類を設け

    ることができる。 株主の権利 ・ コミュニティ利益会社(CIC)は、株主の種類を分けることができる。例えば、1 株 1

    票の原則のもと、株主が会社の社員として社員総会での権利を行使できるものの利益分

    配を受けない普通社員(ordinary member)と、優先的に利益分配はできるものの社員総会での権利行使が制限される投資を目的とした投資家社員(investor member)とに

  • 9

    分けることが可能である。それぞれ種類の株主の名称や権利は定款に定められる。ただ

    し、投資家社員であっても、自身の身分にかかわる意思決定にはかかわることができる。 ・ コミュニティ利益会社(CIC)は、普通株式(ordinary share)と優先株式(preference

    share)とを発行できる。普通株式は、CIC 規制案の意見聴取などでは、非営利株式(non-profit share)とも呼ばれているように、出資を通して株主(社員)としての権利は取得できるものの利益分配は受けないものが原則である。

    2003 年の CIC 規制案では、投資家社員の投票権利を 25%に制限することが示された 17。しかし、意見聴取の結果、規制自体にこの制限を設けることは見送られ、CIC それぞれの定款への記載を求めることにした。地域住民などの利害関係者が出資して CIC を設立しサービス提供する場合など、投資家株主が重要な意思決定を行うべき場合などが想定される、

    ことが理由としてあげられている 18。 保証有限責任会社(CLG)では、会員は会員総会で 1 人 1 票の投票権を有する。株式有限責任会社(CLS)が異なる身分の株主を規定できるのと同様に、CLG も異なる会員を持つことができる。 情報開示

    会社法にもとづいた会計書類(annual accounts)、年次報告書(annual return)に加え、コミュニティ利益会社(CIC)は、コミュニティ利益会社報告書(Community Interest Company Report)を毎年 CIC 規制官に提出することが求められる。この CIC 報告書は、CIC 規制局(The Office of the Regulator of Community Interest Companies)によって公開される。 CIC 報告書の記載項目: ・ 活動とインパクトの概要記述 ・ 利害関係者(ステークホルダー)との関係(利害関係者の範囲、利害関係者の関与、利

    害関係者への対応) ・ 取締役の報酬 ・ 資産処分(配当以外) ・ 配当 ・ 利子支払い

    17 Department of Trade and Industry (2003) Enterprise for Communities: Proposals for a Community Interest Company. 18 Department of Trade and Industry (2005) The Draft Community Interest Company Regulations 2005: Consultation Responses for the Consultation Beginning on 11 October 2004 and Ending on 4 January 2005.

  • 10

    コミュニティ利益会社(CIC)では、ガバナンスに対する利害関係者の関与が求められる。ただし、利害関係者の関与は CIC 規制によって規定されているものではなく、それぞれのCIC が CIC 報告書によって明らかにするものとされる。 コミュニティ利益規制官(CIC Regulator)

    CIC 規制官よる規制は、「ライトタッチ」と呼ばれる。「ライトタッチ」が意味するところは、基本的に CIC 規制官は、個別 CIC に対して予防的(proactive)な行動はとらないことを意味する。 CIC 規制官に提出される CIC 報告書は、CIC 規制官による規制のきっかけとはなるものの、それは必ずしも自動的に行われるものではない。CIC 規制官に対する会員(社員)やその他関係者からの情報提供・苦情(complaint)が、CIC 規制官の注意を喚起することが期待されている。 CIC 規制官は、CIC の監督および調査(investigation)権限を有する。CIC 規制官による調査は、CIC 資格に関する点について行うものであり、会社法全般に範囲が及ぶ場合は、ビジネス・イノベーション・技能省(Department for Business, Innovation and Skills: BIS)の企業調査部(Companies Investigation Branch: CIB)と協力する。 CIC 規制官は、取締役の任免、資産保全、裁判所への不服申し立てなど必要な場合は CICに対する強制力(enforcement power)を有する。 CIC 規制官の決定に対する不服申し立は、審査官(Appeal Officer)に対して行うことができる。 5. コミュニティ利益会社(CIC)の実態 CIC Regulator の統計からみる認証数の推移

    ・ 2005 年 8 月から 2015 年 3 月までに、15,104 団体がコミュニティ利益会社(CIC)として認証された。この間の解散数(4,411 団体)、転換数(53 団体)を勘案すると、現在、10,639 団体の CIC が存在する 19。

    ・ ちなみに登録チャリティ(registered charity)数は、167,466 団体(2005 年 12 月 31日)から 165,290 団体(2015 年 12 月 31 日)へと、2,176 団体減少した。

    ・ 法人形態は、保証有限責任会社(CLG)が 8,322 団体(78%)、株式有限責任会社(CLS)が 2,317 団体(22%)と、CIC の 8 割近くは保証有限責任会社(CLG)である 20。

    19 The Office of the Regulator of Community Interest Companies (2015) Regulator of Community Interest Companies Annual Report 2014/2015 20 The Office of the Regulator of Community Interest Companies (2015) Operational Report: Fourth Quarter 2014-2015.

  • 11

    承認 解散 転換 増加 累計

    2005 年度 208 0 0 208 208

    2006 年度 637 0 0 637 845

    2007 年度 814 35 3 776 1,621

    2008 年度 1,120 86 2 1,032 2,653

    2009 年度 1,296 372 5 919 3,572

    2010 年度 1,824 483 7 1,333 4,905

    2011 年度 2,087 590 11 1,486 6,391

    2012 年度 2,055 765 11 1,279 7,670

    2013 年度 2,494 976 11 1,507 9,177

    2014 年度 2,589 1,104 3 1,462 10,639

    合計 15,104 4,411 53 10,639 10,639

    208 845 1,621

    2,6533,572

    4,905

    6,391

    7,670

    9,177

    10,639

    208

    637814

    1,1201,296

    1,824

    2,087 2,055

    2,494 2,589

    0 0 35 86

    372483

    590765

    9761,104

    0 0 3 2 5 7 11 11 11 30

    2,000

    4,000

    6,000

    8,000

    10,000

    12,000

    0

    500

    1,000

    1,500

    2,000

    2,500

    3,000

    CIC承認数の推移(2005年から2014年)

    累計 承認 解散 転換

  • 12

    6. 利害関係者ごとのインセンティブの整理 事業者のインセンティブ

    ・ 起業家として、取締役になりながら報酬をうけて事業を運営することができる。 ・ 会社法を基盤としているため、会社の柔軟な制度設計ができる(例えば、異なる身分の

    株主/会員の設置など) ・ 「ライトタッチ」の規制により、事務手続きにかかわるコストが低減される(チャリテ

    ィと比較して)。 ・ 資産処分制限(アセットロック)のため、公的な資金や民間助成(CDFI や CITR を活

    用した投資)の受け皿となり得る。 ・ 保証有限責任会社(CLG)は、これまで非営利組織に多く用いられた伝統がある。 ・ 株式有限責任会社(CLS)は、例えば、普通株主だけを設定して利益分配を行わなけれ

    ば、出資型の非営利組織として活用できる。さらに、投資家株主を設定しても、ガバナ

    ンスへの関与は制限できる。 ・ 従業員に対する社会貢献のモチベーションを持たせることができる。 ・ そもそも会社法のシステムを利用することで、CIC 規制官/CIC 規制局は、「コミュニ

    ティ利益の増進」にかかわる事項の規制に専念できる。 投資家のインセンティブ(CLS を念頭に)

    ・ 社会的投資の受け皿となる。 ・ 経済的なリターンと社会的リターンとを混合することができる。 公的機関/民間助成財団(公益財団)のインセンティブ

    ・ 資産処分制限のため、公的な資金の私的流用を制限することができる。 ・ CIC がさまざまな資金を活用することにより、補助金・助成金への依存度を低めること

    ができる。例えば、初期投資は行うが、事業活動そのものは自主的な運営にゆだねる、

    あるいは、活動が起動に乗るまでは支援を行うが自立を促すなど。 ・ 当事者の経済的・社会的自立を促進することで、公共サービスの負担を効率的に軽減す

    ることが期待できる。例えば、職業訓練や雇用を通じた支援など。

  • 13

    7. コミュニティ利益会社(CIC)の事例 CIC 規制局によって提供されている事例(case study)、および会社登記所(Companies House)によって公開されている会社情報をもとに、コミュニティ利益会社(CIC)として活用方法を紹介する。 ビュードリー開発トラスト(Bewdley Development Trust)

    法人形態 保証有限責任会社(CLG) コミュニティ利益

    宣言 ビュードリー開発トラストは、コミュニティによるパートナーシッ

    プであり、その唯一の目的はまちに対して便益を提供することであ

    る。

    活動 洪水や口蹄疫により疲弊した地域の再開発を行う。政府機関である地域開発公社(Regional Development Agency)によって進められたイニシアティブを住民が引き継ぐ。

    CIC 選択理由 コミュニティに対する説明責任と多様性の最大化を可能にするため CIC を選択する。起業家的活動により収入を確保しつつ、アセットロックにより説明責任を担保できるため。特に、コミュニティ

    にある建物を所有・管理したり、地域で発電された再生可能エネル

    ギーから地域に対して収益をあげたりする活動には、CIC が向いていると考える。

    特記事項 事業規模 34308 ポンド(6,175,440 円)

    ブリストル・トゥギャザー(Bristol Together)

    法人形態 株式有限責任会社(CLS) コミュニティ利益

    宣言 犯罪者や長期失業者に対して雇用創出を行い、また公営住宅の提供

    に投資する。 活動 犯罪者や長期失業者の雇用のため、公益住宅を買い取り修繕のうえ

    再販し利益を得ている。2011 年 10 月の設立から事例執筆(2013年 11 月)の約二年間で 15 名を雇用。

    CIC 選択理由 資金獲得の多様性と説明責任とを両立させることができるため。特に、株式による資金獲得は、この団体にとって極めて重要であると

    考えられている。

  • 14

    さらに、個人ではなく地域のために働くことは、従業員の動機づけ

    にもなる。 特記事項 株主は、すべて普通株主(ordinary shareholder)であり、いかな

    る配当も受けないと規定されている。株主は 2 名、資本金 2 ポンド。 事業規模 497,634 ポンド(8,957,412 円)(2015 年 3 月)

    カルチャー・スポーツ・グラスゴー・トレーディング(Culture and Sport Glasgow Trading)

    法人形態 株式有限責任会社(CLS) コミュニティ利益

    宣言 カルチャー・スポーツ・グラスゴーの事業部門であり、グラスゴー

    市に対して文化・娯楽サービスを提供する。 活動 チャリティの 100%子会社として、事業部門を担う。株主は、親チ

    ャリティであるカルチャー・スポーツ・グラスゴー(Culture and Sport Trading)の 100%事業子会社(トレーディング・アーム)として、親チャリティが行えない事業活動を担う。このチャリティ

    はグラスゴー市によって設立されたもの。 CIC 選択理由 コミュニティ利益のために活動し、資産処分制限がそれを保証する

    CIC が適している。活動から生まれた利益は、親チャリティへ移転できる。2007 年から 2013 年までに、3 百万ポンドの資金を寄附している。

    特記事項 資本金 100 ポンド、株主は 1 団体で株式はすべて普通株主。株主は、投票権および配当・資産処分の権利を有するとの記載あり。

    事業規模 6,461,492 ポンド(1,163,068,560 円)(2015 年 3 月) スカイ島フェリー(Isle of Skye Ferry)

    法人形態 保証有限責任会社(CLG) コミュニティ利益

    宣言 コミュニティのためにスカイ島フェリーを運航する。

    特徴 スコットランドの離島で島民の生活に欠かせないフェリーを事業者から受け継ぎ運航している。公的資金や助成を活用してフェリー

    を買い取り、現在は、通行料収入により利益をあげている。住民や

    地域の年金生活者には料金の減免も。 CIC 選択理由 事業の多様な運営が可能であり、しかも、Big Lotter Fund のよう

  • 15

    な公的資金や民間からの助成を獲得できる CIC となる。 特記事項 当初は公的補助金と民間助成金を活用。活動開始後は、事業収入に

    よる。 事業規模 93,217 ポンド(16,779,060 円)(2007 年 12 月)

    メットフィールド・ストアズ(Metfield Stores)

    法人形態 株式有限責任会社(CLS) コミュニティ利益

    宣言 地元産品の提供、雇用と就労経験の機会を通して地域経済と地域住

    民に便益を提供するとともに、地域住民への社会・コミュニティハ

    ブとしての役割を果たす。 活動 村内唯一の商店の閉鎖に際し、地域住民が自分たちの手で店舗を開

    業した。地域の商店として、また地産地消としても活動。ボランテ

    ィアによって運営されてはいるものの、雇用の創出と若者への就労

    経験の提供も視野に入れている。また、地域住民のための情報拠点

    にもなっている。

    CIC 選択理由 コミュニティのためのビジネスとしての目的に、CIC が最もふさわしいこと。

    特記事項 協同組合型の CIC であり、株主は投票権のある普通株主と投票権のない投資家株主がある。後者は、金銭的に支援したいが投票に参

    加するつもりはない株主である。普通株主(64 名)の持ち分は、等しく 1 ポンド。

    事業規模 141,270 ポンド(25,428,600 円)(2015 年 3 月) パスファインダー・ヘルスケア・ディベロップメント(Pathfinder Healthcare Developments)

    法人形態 株式有限責任会社(CLS) コミュニティ利益

    宣言 プライマリー・ヘルスケアを再設計し、ヘルスケアと社会ケアに革

    新的解決策を提供する;特に医療格差に焦点をあて、医療および福

    利サービスへのアクセスを増大させる;地域社会に対して直接的か

    つ長期的な医療改善と生涯にわたる成果を提供する。 活動 保健省による将来の医療改革を担うため設立される。GP による特

  • 16

    に医療が届きにくい地域への新しい医療提供を求める。 地域の医療機関に所有され、保健省および地域のプライマリー・ケ

    ア・トラストからの委託によりサービスを運営。 特記事項 株式は、投票権のある A 株式と、投票権のない B 株式とに分かれ

    る。A 株式は 520 株、B 株式は 10 株が発行されている。A 株式のうち 478 株は取締役を務める医師一人で保有。

    事業規模 1,565,683 ポンド(281,822,940 円)(2009 年 3 月)