大阪大学書評対決 ブックコレクション - Osaka Univ€¦ ·...

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学生団体 発行 大阪大学生活協同組合 VS 目 次 巻頭言 2 教員 VS 学生団体 思 沁 夫 4 大阪大学グローバルイニシアティブ・センター特任准教授 古谷 大輔 8 大阪大学大学院言語文化研究科准教授 松波 晴人 12 大阪大学EDGEプログラム Foresight School 講師 大阪ガス行動観察研究所所長 渥美 公秀 16 大阪大学大学院人間科学研究科教授 菅原 裕輝 20 大阪大学COデザインセンター特任助教(常勤) 対決結果・京大対決 24 上半期売上ベスト5/図書館・生協からのコメント 25 大阪大学災害ボランティアサークルすずらん 紹介 26 Foresight School 紹介 27 阪大農学部 6 京都大学生協 10 綴葉 Foresight School 14 大阪大学災害ボランティアサークル 18 すずらん 副専攻プログラム 22 「公共圏における科学技術政策」 第31回 4月 第32回 5月 第33回 6月 第34回 7月 第35回 8・9月 大阪大学書評対決 ブックコレクション 2017年度 上半期

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学生団体教 員

発行 大阪大学生活協同組合

VS

目 次 巻頭言 2教員 VS 学生団体 思 沁 夫 4 大阪大学グローバルイニシアティブ・センター特任准教授

 古谷 大輔 8 大阪大学大学院言語文化研究科准教授

 松波 晴人 12 大阪大学EDGEプログラム Foresight School 講師 大阪ガス行動観察研究所所長

 渥美 公秀 16 大阪大学大学院人間科学研究科教授

 菅原 裕輝 20 大阪大学COデザインセンター特任助教(常勤)

対決結果・京大対決 24上半期売上ベスト5/図書館・生協からのコメント 25大阪大学災害ボランティアサークルすずらん 紹介 26Foresight School 紹介 27

阪大農学部 6 京都大学生協 10綴葉Foresight School 14

大阪大学災害ボランティアサークル 18すずらん副専攻プログラム 22

「公共圏における科学技術政策」

第31回  4月

第32回  5月

第33回  6月

第34回  7月

第35回 8・9月

大阪大学書評対決

ブックコレクション

2017年度

上半期

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今年2017年夏、ロボカップが名古屋で開催された。全世界45の国と地域から、約

400チーム、3千人の参加者が5日間の熱い熱い闘いに挑み、計13万人の観衆が目撃

した。私はロボカップの創設者の一人であり、ちょうど20年前の1997年に同じ名古

屋で人工知能の国際会議の併催イベントして企画した。当時、40チームくらいで、実ロ

ボットのチーム数よりも、シミュレーションが多く、ロボットもほとんど思い通りに動

かず、競技会そのものは、惨憺たるものだった。しかし、それがいいのである。失敗か

ら多くが学べ、成功への道筋がしっかり見えるからである。

生物におけるハンディキャップ理論は、例えば、なぜ(オスの)孔雀の羽根は美しい

かとか、なぜオナガドリの尾は長いとか、本来捕食者に対して、あえて不利な状況を提

示し、それでも生存できる強みを示すことで、性選択に有利に働くという理論だ。私の

ハンディキャップ理論は、「すべてのサクセスは失敗から始まる。」である。エジソンは

トライアルと呼び、我々はチャレンジと呼ぶ。

ロボカップは、2050年までに、FIFAのワールドカップチャンピオンに打ち勝

つ11体のヒューマノイドのチームを作り上げることが最終ゴールだが、私のもう一つの

チャレンジは、人間と共生できるロボットを作り、世の中に広めることである。人間社

会がロボットと共生できるようになれば、人間と人間が共生できないはずがない。そん

な思いからである。そのイメージを彷彿とさせる漫画を紹介しよう。ブックコレクショ

ンでは紹介しなかったが、我々の大先輩の手塚作品だ。

一つは、火の鳥「復活編」で、エアーカーの事故(実は事件)で、脳手術をうけ、術後、

人間が人間に見えず、チヒロと呼ばれる事務作業用ロボットを美しい少女と見間違えて

しまう。いや、少年にとっては事実だ。実際、人間の顔認識では2つの経路があると言

われており、紡錘状顔領域が介在する認知的な遅い応答と扁桃体などが関わる情動的な

素早い応答である。前者が障害を受けると、誰かわからないが、親しみを感じ、声など

の他の知覚情報から認識できたりする。後者が障害をうけると、誰かは分かるが(例えば、

両親)、親しみを感じず、エイリアンと入れ替わっていると感じる事例が報告されている。

さて、話を戻そう。チヒロは作業が停滞し上司から怒られる。すると、こう答える。「私

の頭脳に不条理な再生出力が発生し、停滞しています。・・・・・・消去不能です・・

作業が停滞します・・ああ・・・・」そして少年のイメージが浮き上がる。初恋のイメー

ジだ。甘酸っぱく初々しい印象で、こんなロボットを作りたい。実は、チヒロは、その

後、変遷を経て、ロボタというお手伝いロボットに引き継がれ、最後は集団自殺するな

巻 頭 言

ど、社会的問題を浮き彫りにしたシリアスなストーリーだ。

もう一つは、浦沢直樹がリライトしたプルートで、アトムも死に、ゲジヒトと呼ばれ

るアンドロイド刑事も死んだとき、ゲジヒトの妻ヘレナ(アンドロイド)は、技術スタッ

フの記憶消去の作業を拒否し、アトムの生みの親の天馬博士と会う。そこで、涙を流す

真似事から、両者が悲しみを共有し抱擁するシーンから、私は、悲しみを感じ、共感で

きるロボットを創りたいと強く思った。

最近のAIで実現できそうに見えるかもしれないが、まだまだだ。深層学習に代表さ

れる現代AIは、認識・判断は得意だが、ロボットの行動生成は、苦手。画像の場合、

1千万枚のデータは入手可能だが、1千万回の動作試行は難しく、ここに量から質への

転換の契機がある。我々が「身体性」と呼んでるロボットの潜在能力だ。客観的な物理

世界と感情などの主観的な経験を結ぶメディアであり、共感が発達する場でもある。た

だし、まだ多くの困難な課題が残されており、それに格闘中だ。その心構えについて、

もう一つ漫画「明日のジョー」から。

韓国のチャンピオンに「お前は兵役を経験していない。戦場での本当の飢餓を経験し

ていないお前に俺が負ける訳がない」となじられ、めげそうになる。しかし立ち上がる。「お

前は、自分の意思で戦場に行ったわけではない。俺は、自分の意思で自分を追い詰めた。

そんな俺がお前に負けるわけがない。」と言って、打ち勝つ。実は、研究者(芸術家も)

に必要なのは、自分で自分を追い込める意思の強さだ。自分を虐める自分と、いじめら

れる自分が共存する。まさに研究者の身体性だ。私の場合、ロボカップはまさにそのよ

うなテーマであり、共感ロボット実現も大きなチャレンジだ。

物理的な身体には、無限の試行はありえない。そこを埋めるのが、外部記憶をものに

した人間の知の共有である。その代表が読書だ。ロボットにも読書が必要だが、身体が

ついていっておらず、今のところ、頭でっかちである。人間と同じく、身体を通して、

知を身に着けたなら、我々との共生も夢ではない。となると、ロボットに負けずに、しっ

かり読書しよう。その知を活かして、何事にも挑戦。そう、Forever challenge

だ!

大阪大学大学院工学研究科知能・機能創成工学専攻教授 

浅田 稔

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星の王子さま⃝

著者

サン=テグジュペリ

出版社

平凡社

『星の王子さま』は絵本や文庫本として世界で長

く愛読されている作品である。

私は日本に来てから初めて絵本を読んだ。そして

今から三年前に文庫版で読んだ。『星の王子さま』

と言えば、日本では子供向けの絵本だと思われる方

が多いかもしれない。しかし、私は本書を子どもの

ような柔軟な発想と展開を気軽に楽しむ方法もあれ

ば、人間と地球の本質を深く読み、考えることもで

きるのではないかと思っている。

『星の王子さま』では、子どもと大人が対話する

かたちで物語が展開している。日本では親子揃って

読書をする時間があまりないかもしれない。そんな

とき、父母は子どもに読むつもりで、子どもたちは

父母が読んでいると思ってこの本を開いてほしい。

「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないって

ことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ。」

「地球は先祖から受け継いでいるのではない、子

どもたちから借りたものだ。」

彼のメッセージは私たちの心を深く、優しくも、

強く揺さぶる。本書はカラー版であり、絵がとても

可愛らしく、また美しい。

海辺

生命のふるさと

著者

レーチェル・ルイス・カーソン

出版社

平凡社

レイチェル・カーソン女史は自然文学の第一人者であり、『沈黙の

春』で世界的にも有名であるが、彼女は海の本を二冊著している。『わ

れらをめぐる海』(原題:The Sea Around Us,

一九五五)、もう一

冊が続編に位置づけられる『海辺』(原題:The Edge of the Sea,

一九五五)である。

海辺の生き物を生物学的、海洋学的に捉え、アメリカのフロリダ

州からメイン州の海岸沿いをフィールドにひと

つひとつの生命のド

ラマを描いた作品である。海辺の生き物の概要、岩礁海岸と砂浜、サ

ンゴ礁海岸という大きく三つのパートで構成されている。本書はあま

りにも美しい文学作品としても読書を楽しめる。

「突然、私は、あるがままの姿の生物を初めて見たという妙な感動

にとらわれた。つまり、かつて感じなかったことであるが、生存の

本質を理解したのであった。その瞬間、時の流れは停止した。私はこ

の世界に属するものではなく、別の宇宙から来た傍観者のようだった。

海とともにある孤独な小さなカニは、繊細でこわれやすい生命それ自

体を、この無機的な世界の厳しい現実の中に、なんとかして確保して

いこうとする信じられないような活力を象徴していた。」(十一ページ

より引用)

「いま、私は、海の声を聞いている。夜の潮が満ちてきているのだ。

書斎の窓の下では、海水が渦を巻きながら岩に向かって突き進んでい

る。霧が外海から湾の中に流れこんできた。それは水面を覆い、陸地

の縁を覆い、やがて針葉樹の林の中に忍びこみ、ついにはトドマツや

ヤマモモの間に柔らかく拡がっていく。御しがたい水と、冷たく濡れ

た霧の息づかいは、人間が容易に入りこめない世界である。霧笛の響

きは、海の力に脅威を抱く人間がおののき訴える呻き声に似て、夜の

静けさを破る。」(三四七ページより引用)

私は『海辺』を一晩で読んだ。そのとき、自分が何だか得をした

ような、心がふわっと軽くなったような気がした。

訳者の上遠恵子氏は日本のレイチェル・カーソン会の会長を務める。

あとがきでは、海洋生物学者ではないため、和訳に不安があったと述

べられていたが、さすがである。素晴らしい訳だと思う。上遠氏はカ

ーソン女史を知り、尊敬する人物のひとりとして、海辺を何度も訪れ

ただけでなく、女史が過ごした別荘でワークショップを開催したこと

もある。

普通の文庫版よりも若干値段が高くなってしまうが(一六〇〇円)、

『海辺』から海、日本、自分をみる視点が変わることをここに約束したい。

「空気」の研究⃝

著者

山本七平

出版社

文藝春秋

私が金沢大学に留学したての頃、待ち合わせの時

間と場所を間違えることが多く、周りの人たちに迷

惑をかけたことを覚えている。はじめは私の日本語

能力が原因なのではないかと思っていた。私は研究

室の先輩に、どのように待ち合わせの時間と場所を

理解しているのか教えてほしいとお願いをした。す

ると、先輩は一言、「日本人は空気を読むのがうまい」。

空気を読むというのは、先輩の説明によると、「限

られた情報でも何となく、伝えたいことが雰囲気で

わかる、理解できる」こととのことだった。日本に

興味関心があった私は、空気を理解する方法を探っ

た際、山本七平の『「空気」の研究』に出逢った。

本書は日本の空気研究の基礎的な文献であり、同

時に日本文化を理解するための古典でもあると思う。

著者は研究者ではありません。研究者でない、大学

教育機関に属さない一流の研究者が書いた本です。

本書から日本の空気を読む文化、技術も学べると

思うが、私が推薦する理由は、空気を巧みに読み取

ってほしいからではなく、逆に自分自身の主張を大

切にし、たくさんの人間が作り出してゆく空気に飲

み込まれることなく、自分の自由や尊重するものを

守るための本でもあるからです。

山本七平は『私の中の日本語』という本も著して

いる。空気は日常的な、語る場を支配しているだけ

ではなく、国や国民の運命を左右する場面でも意欲

を発揮する場合がある。一方通行的に支配されてし

まう状況を私たちが打開する上で、是非とも参考に

なる良書である。

デルスウ・ウザーラ

著者

ヴラジーミル・クラヴディエヴィチ・アルセーニエフ

出版社

平凡社

この本はウラジーミル・アルセーニエフ(以下、

アルセーニエフと略す)率いる探検隊が一九〇二年、

一九〇六年と一九〇七年にロシア極東地域(ウスリ

ー地方)で行った自然探検の記録である。一九〇二

年の探検でアルセーニエフはウスリーの森で太古か

ら自然と共に暮らすナナイ人の猟師デルスウ・ウ

ザーラと運命的な出会いを果たす。一九〇六年の探

検で偶然にも二人は再会し、友情が深まっていっ

た。アルセーニエフは探検から帰る時、視力の低下

したデルスウ・ウザーラを連れて、ウラジオストッ

クの自宅で共に暮らそうと試みたが、町の生活に慣

れないデルスウ・ウザーラは森へと帰ってしまう。

一九〇七年の探検、デルスウ・ウザーラの埋葬で物

語は終わる。

アルセーニエフは、人間、動物、植物、岩、川など、

すべてをヒトと呼び、計り知れない深さでウスリー

の大自然を愛するデルスウ・ウザーラの人間性に感

銘した。一方、移民流入や森の開発によってナナイ

人の生活空間が急速に奪われる現状に悩み苦しんだ。

私自身も北東アジアの少数民族であるがゆえに、

デルスウ・ウザーラに共感しやすいのかもしれない

が、「自分」を最優先に考えてしまいがちな私たち

現代人とは異なり、デルスウ・ウザーラは他者を優

先し、自然存在すべてに対し配慮と感謝の気持ちを

抱き、生き続けてきた。

一九七五年、「デルスウ・ウザーラ」は黒澤明監

督によって映画化された。日本では、書物よりもむ

しろ映画からデルスウ・ウザーラを知った人が多い

かと思われる。しかし、私は映画だけでなく、是非

とも書物を手に取ることも推薦する。

イモータル

⃝著者

萩耿介

出版社

中央公論新社

現代の不動産会社に勤務する滝川隆。彼は十五年

以上も前にインドで死去した兄、そして兄が読んで

いた「智慧の書」に惹かれ、夏季休暇を利用してイ

ンドへ渡る場面から物語が始まる。「智慧の書」と

はウパニシャッドというサンスクリット語で書かれ

たヒンドゥー教の根本教典で、古代インドの思想書

と呼ばれる書をムガル帝国の皇子がペルシャ語に訳

した書の題名である。それがさらに別の人間の手に

よって別の言葉に訳され、時空を越えた言葉の旅が

時代を紡いでゆく。

「イモータル」、それは不死や不滅を意味する。哲

学、思想が人から人へと語り継がれ、時代を紡いで

ゆく様が描かれている。この小説で「イモータル」

の正体、実態は明らかにされなかったが、「歴史か

ら受け継いだ最も大切なもの、それは考え続けるこ

と」だというメッセージを受け取ることができる。

私は環境保護活動をやっていて、よくわからない事

態に遭遇することが正直多い。それでも諦めずに考

え続けることには意味があると思っています。継承

されるからこそ不滅であり、歴史が残した遺産と同

時に課題も考えるため、智慧が生まれるのです。

この小説はグローバルに、人類について考えを巡

らせることのできる良書である。また、イスラム教、

キリスト教、ヒンドゥー教、仏教など宗教がテーマ

であるが、私も含め、宗教的知識に自信がない読者

でも十分に読み応えがあると思う。

大阪大学グローバルイニシアティブ・センター特任准教授<経歴>1966年:�内モンゴル自治区シリンゴル高原生まれ。

幼少時代、祖父母と遊牧生活を送っていた。1976年~1979年:�内モンゴル芸術大学舞踏学部でクラシックバレエ�と民族舞踊を学ぶ。

1983年~1986年�北京大学法学部で学び、弁護士になる。1996年~2002年:�初来日。金沢大学大学院で生態人類学を学ぶ(学術博士)。現在、

大阪大学グローバルイニシアティブ・センター特任准教授。生態人類学を専門に、モンゴル、雲南、シベリアなどで環境問題の解決と環境保護活動に取り組む。私にとって書物は最も大切な友である。

VS思ス

沁チン

夫フ

先生

阪大農学部

第31回 4月

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読んでいない本について

堂々と語る方法

著者

ピエール・バイヤール

出版社

筑摩書房

ある本を選んで読むということは、他の本につい

てそれを読まないという選択を行うことを必ずとも

なう。どれだけ読書熱心な人であろうと、人がその

一生の間に読める本の数は、世に存在する本の総

数と比べれば無きに等しい。「読んでいない本」は、

われわれにとって「読んだ本」よりもよほど身近な

存在なのだ。それならば、「読んでいない本につい

て堂々と語る」ことは、タブーであるどころか、ぜ

ひとも推奨されるべき行為なのではないだろうか。

(これは無意味な屁理屈だろうか?)

いや、そもそも、ある本を「読んだ」とは一体ど

のようなことを表しているのだろうか。途中まで読

み進めた本は「読んだ本」に入るのだろうか。人づ

てに話の筋を聞いただけの場合はどうか。ずっと前

に一度通読した限りで、内容はすっかり忘れてしま

ったという場合はどうか。「読んだ」ことと「読ん

でいない」ことの境界は、いかにして画定されるも

のなのか。

本書は「読んでいない本について堂々と語る方法」

を教える(ユーモアに溢れた)ハウツー本であると

同時に、「テクストを読む」という極めて重要な知

的営為のあり方について論じている(いたって真面

目な)テクスト論でもある。普段あまり読書をしな

い方にも、熱心な読書家の方にも、自信をもってオ

ススメできる一冊である。

【評・森川

勇大】

さがしものが見つかりません!

著者

秋山浩司

出版社

ポプラ社

僕らが愛すべき大阪大学が珍しくも舞台となった

青春系物語。

どちらかと言えば消極的な主人公は、学内に勝手

に小屋を建築して活動するサークルの先輩と出会っ

てしまい、新歓荒らしやストーキングに拉致監禁な

ど、望み描いていた学生生活とは程遠いことをやら

されながらも愉快な阪大生達と面白おかしい日々を

過ごすことになる。

「阪大生は真面目だ」なんて言葉は読了後二度と

呟けなくなるほど本編のキャラクターは皆アクが強

く、あっという間にこの世界の阪大に引き込まれて

しまうだろう。阪大生ならピンと来るような身内ネ

タが随所に散りばめられているのも面白く、ちょっ

とだけ大学のことが好きになれるかもしれない。

まさか学内で小屋を無断で建てて活動する団体な

どは存在しないと思うが、是非とも新入生や上回生

にはこの本を手にとってもらい、面白い阪大を覗き

見していただきたいところである。【

評・木村

吉政】

僕たちとアイドルの時代

⃝著者

さやわか

出版社

星海社

ももいろクローバーZ、私立恵比寿中学、でんぱ

組.inc…今、日本には武道館を埋め尽くす者か

ら小さなライブハウスで数人のファンを前にライブ

を行う地下アイドルまで、無数のアイドルが存在する。

二〇〇〇年代後半以降のこうした「アイドルの時

代」を生み出したのは、紛れなくAKB48である。

本書では、なぜAKB48が引き金となったのかと

いうことをAKB48以前と以降のアイドルのイメ

ージやキャラクターの比較、AKB48が実際に行

った戦略から分析する。そして、AKB48を語る

ためには避けて通れない「AKB商法」についても、

なぜそうした商法がなされたのかということが、我々

が容易に思いつくような「CD販売による売上で金

を稼ぐため」と言った理由以外からも考察されてい

る。そうしたアイドルの生存戦略等、経営的統計的

分析が多用されており、アイドルに関する知識がな

くても面白く読み続けられるだろう。

この本を通して、少しでもアイドルに興味を持っ

ていただけたら幸いである。

【評・大山

樹】

きみを守るためにぼくは夢をみる

1

著者

白倉由美

出版社

星海社

居眠りから目覚めると七年が経っていた。自分だ

けが、七年前に取り残されていた。

ー『ぼくはきみを守るために夢をみるよ』

十歳の誕生日、主人公・朔は生まれて初めて出来

た恋人にそう約束した。大人になるのが怖い、ずっ

と小学生のままで良いと言った彼女に、早く大人に

なって今よりもっときみを守りたいと。しかしあま

りに無慈悲で唐突な七年間の居眠りは、二人から「一

緒に成長する」ことを奪ってしまった。まだあどけ

なかった彼女は今や十七歳の美しい女性になり、か

つてはなりたくないと怖がっていた大人に一歩一歩

と近付こうとしていた。もはやたった十歳の自分が

守れるような存在ではない、子供である自分の力を

必要とするような存在ではないと朔は絶望し一時は

彼女を突き放す。だが家族や病院の先生、そして何

より七年間ずっと恋情を忘れなかった彼女の真っ直

ぐな心に触れ、朔はもう一度全てをやり直すことを

決意する。失われた時間を取り戻して、彼女に追い

付こうと、彼女を守れるようになろうとー。

これは「もし仮に」のお話である。実際に自分だ

けが時間に置いていかれることはまずありえない。

しかし「もし仮に」朔と同じように時のいたずらに

翻弄されてしまったら?今まで一緒に歳を重ねてき

た恋人が自分を置いて大人になってしまったら?あ

なたはどうするだろうか、苦境を乗り越えてもう一

度恋をやり直すだろうか、それとも諦めるだろうか。

過去現在未来、様々な恋を思い浮かべながら読んで

欲しい。

【評・阪大農学部】

ゾウの時間ネズミの時間

著者

本川達雄

出版社

中央公論新社

サイズを考えればその生物がなぜそうなっている

かが分かる、という生物学者である著者の主張が見

事に纏められている一冊である。

タイトルにもある通り、生物の体格と心臓の打つ

リズム(時間)の関係から始まり、移動手段や呼吸

方法、エネルギー消費など、生物の美しい合理性を

サイズの観点から説明する。

本書の冒頭で著者は、ヒトの行動もサイズを抜き

に語ることはできず、ヒトがおのれのサイズを知る

ことは人間の最も基本的な教養である、と述べている。

是非多くの人にこの本を読んでもらいたい。その

時あなたの心臓は、きっといつもより少し早いリズ

ムを刻んでいるだろう。

【評・松本

耀介】

学内で緑化計画を推し進めながら収穫できた野菜を使ってお料理会を開いたり、池田市の休耕地をお借りして地元の野菜を作ることを試みたり、学内でウコッケイを飼育するといった精力的な活動を展開中。現在は学祭に備えてラーメンみつか坊主様からアドバイスをもらいながらスープ作りに全力を注ぐといった、自分たちも何がしたいのか分からず迷走中も、毎日新聞様や生協様に取り上げていただけるぐらいには健全なのでお気軽に遊びに来てください!

Twitter:@ou_agriculture

VS思 沁 夫先生

阪大農学部

第31回 4月

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歴史の工房

英国で学んだこと

著者

草光俊雄

出版社

みすず書房

言葉には筆致という問題がある。これは文法のよう

な言葉の構造を学んだ後で名文と呼ばれる文章を多読

するといった机上の勉学だけでは、どうにも獲得でき

ないものである。戦後日本を代表する名文家として知

られた英文学者の吉田健一は、『英語と英国と英国人』

のなかで、英語は英国人にもよくわからないほどでた

らめに出来上がってしまった言語であり、絶対におぼ

えられない言語だと論じていた。その筆致の問題とな

れば尚更である。しかし『明け方のホルンー西部戦線

と英国詩人』で、今日の日本における名文家として評

価を得た草光俊雄が本書に寄せたエッセーの数々を読

めば、良き筆致を得るに必要な条件とはどのようなも

のかに触れることができる。

本書は、英国の歴史家たちとの交流から今日の歴史

学を回顧する第Ⅰ部、アーツ・アンド・クラフツ運動

から柳宗悦や御木本隆三に至る足跡をたどった第Ⅱ部、

リベラル・イングランドや「植物学の帝国」を語る第

Ⅲ部からなる。しかし名文に求められる筆致の条件と

いう点から見れば、本書の白眉は第Ⅰ部だろう。今日

の歴史学の相貌を語るには様々な流儀があるが、本書

がもつ特徴は筆者自身の英国への留学体験に裏付けら

れた証言に基づく点にある。それは二〇世紀後半を代

表する英国の歴史学者たちとの幸福な交流と言っても

良い。そこに美辞麗句は必要ない。根拠をもった交流

の姿こそが読者に共感を生む筆致を可能にしている。

他者との意思疎通において言葉という手段しか許され

ぬ僕たちにとって、言葉の陶冶は、とどのつまり他者

との実際的な交流によってしか得られないということ

を本書は教えてくれている。

〈通訳〉たちの幕末維新

著者

木村直樹

出版社

吉川弘文館

江戸時代の日本には、通詞と呼ばれた世襲の職能

集団がいた。本書の筆者である木村直樹の定義によ

れば、通詞とは「詞(言葉)を通じる」ために必要

な人びとである。彼らは単なる通訳ではなかった。

彼らは通訳者である一方で、長崎出島における貿易

業務の管理やオランダ商館長の江戸参府への同道な

どの実務をこなした。つまり通詞とは、通訳者、行

政官、蘭学者など、江戸時代における対外交渉にお

いて言葉をめぐる多様な業務を一手に引き受ける集

団だった。

本書は本来、異文化接触や異文化コミュニケーシ

ョンの観点から、オランダ語への理解を基盤とする

蘭学からそれ以外のヨーロッパの言葉を基盤とする

洋学へと舵が切られた幕末維新の時代に、新たな言

語と世界に直面した通詞たちの苦闘の姿を読むべき

ものだろう。確かに、江戸時代の日本の対外交渉や

蘭学の歴史で通詞が果たした役割は大きい。しかし

本書を、今日の僕たちの世界観を支えている統一さ

れた日本語の世界がどのように築かれてきたのかと

いう観点から読んでみるのも面白い。かつて司馬遼

太郎は『坂の上の雲』のなかで正岡子規や秋山真之

といった名文家たちの登場が日本語の混乱を回避し、

統一日本の文化的前提となったことを指摘した。し

かし明治時代の名文家たちは突如として現れた訳で

はない。その前提には名状しがたき「新世界」を表

現しようとする通詞たちの格闘が存在したのであり、

実際的な交流に裏付けられた彼らの経験は明らかに

今日に至る日本語の筆致を用意したのである。

知のミクロコスモス

⃝編者

ヒロ・ヒライ/小澤実

出版社

中央公論新社

言葉は、現存しない対象を眼前に現出させる力を

もつ。過去に生きた人間にとっても、現在を生きる

人間にとっても、自らの想像する世界を表現するた

めにはこの言葉の力に頼るほかない。加えて人間が

言葉で表現する認識の範囲は、自らが生きる世界の

与える価値の体系によって限定される。それゆえ昔

の人間には見えていたものが今となっては見えてい

ないということはよくあることだ。自らが生きる認

識枠から見て現存しない対象(本書の場合、中世・

ルネサンスのヨーロッパにおけるコスモロジー)を、

いかに表現するか。本書は、この困難な課題に立ち

向かった新進気鋭の歴史学者たちによる挑戦の産物

である。

現存しない対象をいかに眼前に現出させるか。こ

れは本書が対象とする中世からルネサンスのヨーロ

ッパに生きた知識人たちにとっても挑戦的な課題だ

った。キリスト教の世界観から見れば、至高の存在

である神が創造した世界は人間によっては到底知覚

できないものである。しかしその一方で、人間や自

然の根源を追求しようとする哲学者や神学者、科学

者たちは、実験や観察で得られた世界と神の世界と

の間に齟齬のない言説を作り出そうと奮闘した。中

世からルネサンスのヨーロッパで展開された宇宙や

霊魂をめぐる言説は、現在の僕たちの目から見れば

異形にしか見えない。しかし現存しない対象を言葉

の力でもって現出させようとする人間の普遍的な営

みという点から見れば、彼らの挑戦は僕たちも共感

できる奮闘の姿となる。

無名亭の夜

著者

宮下遼

出版社

講談社

今回のブックコレクションで、僕は日本人の語る

言葉にこだわって本を選んでいる。人間は言葉を介

してしか意思疎通のできない動物である以上、その

深淵に迫るには言葉そのものへの理解がなくしてあ

りえないと思う。そうした点から最初に紹介しよう

と考えた本が『無名亭の夜』である。この小説には、

名状しがたき世界を表現する言葉の力やこれを可能

にする日本語の筆致など、一連の書評を通じて僕が

皆さんに伝えたい言葉のエッセンスがすべて詰め込

まれている。

本書の表題作『無名亭の夜』は、日本にある名も

無き「あの店」とアレクサンドロス大王の伝説の世

界やオスマン帝国の世界との間を行き来しながら、

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚、知性という六つの

組成に次ぐ七番目の究極の組成を求める話が進めら

れる。個々の節の語り手はペルシャの写本や人に化

けた驢馬などに入れ替わり、最後に作品の書き手が

現れることで円環をもって物語は閉じられる。現実

と虚構を越えた名状しがたき世界を表現するうえで

この構成は巧みだ。しかし読み手を名状しがたき世

界へと引き込む宮下遼の企ては物語の構成にとどま

らない。物語の読み手は、オスマン帝国時代の逸話

など、個々の節で語られた芳醇な話の中身に誘われ

ながら、いつの間にか現実と虚構を境を忘れてしま

う。自ら経験したこともない世界に読み手が説得さ

れてしまうのは、本学外国語学部でトルコ文化の教

鞭を取る宮下の該博な知見に裏付けられた筆致があ

ればこそだろう。名状しがたき世界を表現するとい

う企てを可能にする言葉の「巧み」とはいかなるも

のか。『無名亭の夜』はこの点を教えてくれる唯一

無二のテキストと言って良い。

エスの系譜

沈黙の西洋思想史

著者

互盛央

出版社

講談社

人間は、名状しがたきものを表現しようとする度

しがたい欲求をもった動物である。その際、この矛

盾めいた作業にも言葉をもってしか応じることはで

きない訳だから、人間は輪をかけて度しがたい。本

書は、Es(エス)というドイツ語の代名詞を例に、

名状しがたきものを表現しようとする人間の行為の

系譜を辿る。Es(エス)とは、言葉では語りえな

いものを語るうえで求められる「主語ならぬ主語」

である。ヨーロッパでは「私」という存在が認識さ

れるようになって以来、この代名詞に「私」をして

語らしめるものとか、「私」を動かしていくものと

かいった意味を被せつつ、「私」を取り巻く名状し

がたき領野を表現するようになった。

近代ヨーロッパに生きた思想家たちがEs(エス)

に仮託しながら表現しようとした名状しがたき領野

は、論理的な説明がつくものではない。それは、言

葉で表現した途端に別物になってしまう「何か」で

ある。これこそ、言葉にしか世界を仮託する手段を

もたぬ人間の知的行為に孕む陥穽である。しかしこ

の陥穽が緩衝材となればこそ、人間は矛盾を孕みつ

つも知的行為の系譜を連綿と紡ぐことができたとも

言える。論理的な説明の可否などは問題ではない。

そうした問題設定は論理性という世界観にとらわれ

た発想に過ぎない。本書は、そうした世界観に縛ら

れない「向こう岸」にある対象としてEs(エス)

の系譜を辿りつつ、度しがたいが人間の知性にだけ

許された自由を垣間見せてくれている。

大阪大学大学院言語文化研究科 准教授<経歴>★1971年茨城県生まれ �小学校より長く大学と大学院に在籍し、2001年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程を修了。

 大阪外国語大学講師、助教授、大阪大学世界言語研究センター准教授を経て、現職。★�専門は、北欧を中心としたヨーロッパ近世史。近著『礫岩のようなヨーロッパ』(山川出版社)

★�僕は歴史学者です。歴史学は言葉にこだわって人間の来歴を探求する学問です。そうした僕の目から見て、今回の書評では巧みな言葉の世界に触れることのできる、30代~40代の日本人(草光俊雄さんだけは例外ですが)によって書かれた本にこだわりました。

VS古谷 大輔先生

京都大学生協 綴葉

第32回 5月

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11 10

深い河(ディープ・リバー)

著者

遠藤周作

出版社

講談社

最近、遠藤周作の本が売れているらしい。今年一

月に公開された遠藤原作の映画『沈黙―サイレンス』

の影響だろう。その遠藤が、自らの希望で『沈黙』

と共に棺に納めた最晩年作。それが『深い(ディー

プ・)河(リバー)』である。

日本人としてのキリスト教信仰のあり方を問い続

けた遠藤。その集大成とも言うべき本作は「宗教多

元主義」の立場に立脚している。すなわち、真理へ

至る道は一つではない、キリスト教も他宗教も等し

く正しいという訳だ。本作は五人の人物に焦点を当

てるが、唯一キリスト教を信仰するのが大津という

男である。彼は、他宗教に真理の実在を認めない「西

洋的な」キリスト教に違和感を覚え、多元的な真理

を受容することがキリストの愛だと主張する。そん

な大津の姿こそ、遠藤が結論する「日本的な」キリ

スト教の体現なのだ。

この思想はどうも日本人に受けがいいらしく、定

期的に遠藤ブームが到来する。しかし評者はひねく

れ者の京大生。イスラム国台頭に頭を抱えるような

時代にあって、「みんな正しい」という主張になん

の意味があるのかと問いたくなる。さて、阪大の皆

さんはどう感じるだろうか?

所感を共有できれば

幸いだ。

【評・綴葉編集委員会・いの】

贖罪のヨーロッパ

著者

佐藤彰一

出版社

中央公論新社

本に関わる者として本の由来は押さえておきたい

もの。本書は書物の継承・伝播に貢献した中世初期

ヨーロッパにおける修道院の有為転変の歴史を説き

明かしてくれる。

修道院の原点をなす修道士の制度はローマ帝国時

代のエジプトに端を発し、ヨーロッパ各地に広がる。

やがて修道士たちは修道院を各地に建設しつつ、当

時ガリアに形成し始めた貴族階級と結びついて勢力

を広めた。その後、ヴァイキングなどの侵入によっ

て衰退した修道院は教皇庁の庇護下に入って新たな

発展の段階に入るのだった。

苛烈ともいえる清貧生活が営まれる一方で修道院

は当時の経済活動の中心となった。また、活動の一

環である写本制作によって修道院は学究・知識の中

心にもなったのである。当時の書物は知識の伝播だ

けでなく挿画や書体などの美術的な側面も持つ。簡

素に見える修道院に実は文化の粋が集まっていたと

いう本書の説明を読むと、今までの先入観が覆る気

がする。

「贖罪」の概念については同著者の『禁欲のヨー

ロッパ』を合わせて読むと理解が深まるだろう。

【評・綴葉編集委員会・ねこ】

国のない男

⃝著者

カート・ヴォネガット

出版社

中央公論新社

カート・ヴォネガットは『スローターハウス5』

などで知られるアメリカ(SF?)作家の一人であ

り、その最期のエッセイ集が本書だ。明確なテーマ

ごとの構成があるわけではないが、家族・国家・そ

してより大きな何ものかに関してふさわしく、攻撃

的でない鋭さと暖かさを持つことばをつづれる男は

他に類を見ない。老齢にも全く衰えない秀抜なユー

モアのなかに垣間見える、いまを生きるための、そ

して好ましい壮年を迎えるための、ヒントとなるこ

とばの数々にぜひ触れてほしい。

書評なぞを喜んで書いている人種は概ね、何を読

んでいるかである程度お里が識れる、と思っている

もので、僕もその例を外れない。その点でヴォネガ

ットは「彼を愛読する人間は僕にとり、すくなから

ずお友達だ」と思える数少ない作家の一人だ。せっ

かくの機会なのだから、阪大にお友達を増やせれば

幸いである。

【評・綴葉編集委員会・トロ】

古代国家はいつ成立したか

著者

都出比呂志

出版社

岩波書店

大阪大学は一九四八年の法文学部で初めて文科系

が出来た大学であり、人文系の研究型大学としての

歴史は新しく、講座(研究室)の創設者が存命であ

ることがある。本書の著者である都出比呂志は阪大

考古学研究室の初代教授であり、存命である。

都出は本邦を代表する古墳時代研究者で出身は京

大・勤務先は阪大・主要な調査フィールドはその間

の乙訓地域と、まさに京都と大阪をつなぐような経

歴を持つ。本書は概説書ながら、集落論から墳丘形

式まで多様な業績を持つ都出の研究の集大成ともい

える。読み易い形体の文章と裏腹の「前方後円墳体

制」の用語を生んだ理論家肌の都出の雄大な構想に

惹かれる人も多かろう。

さらに本書の魅力を高めるのは実は半生を回顧す

る「あとがきに代えて」である。「日本思想史講座」

の教員として阪大に迎えられた都出の履歴は阪大文

学部の歴史とも併走する。考古学や古代史に関心の

ある方は勿論、大学博物館の待兼山出土遺物に関心

がある人も、戦後史や阪大の歴史に関心がある人も

広く手に取って欲しい一冊。

【評・ヒストリア】

手塚治虫小説集成

著者

手塚治虫

出版社

立東舎

手塚治虫――「マンガの神様」である。

一九二八年大阪府豊中市に生まれ、幼少期を兵庫

県宝塚市に過ごす(ゆえに同地には彼の記念館があ

る)。大阪府立北野中学校を経て大阪大学附属医学

専門部卒業――そう、貴君の先輩にあたる。その彼

が小説家としても奇才だったと聞くと、貴君は意外

に思うだろうか?

本書にはその四〇年にわたる執

筆歴から選ばれた、珠玉の十八編が収められている。

ジャンルは多様だ。人間外生命体との戦いを描

いた冒険譚に諧謔的なエッセイ、「培養槽の中の脳

(Brains in a vat

)」を彷彿させるSFに諷刺混じり

のメルヘン、などなど。これらに通底するモチーフ

を探索するのは野暮な試みなのかもしれない。しか

し、「ブラック・ジャック」のように人間らしさへ

の希求が見出される作品を目にすると、やはり深い

モチーフの存在が気にかかる。ちなみに文体は、本

職がやはりマンガ家だからか必要最低限の会話と描

写で場面がテンポよく切り替わり、その点でライト

ノベルの走りと位置づけられそうだ。

小説家としての手塚治虫、ご一読あれ。

【評・綴葉編集委員会・明】

「あなたが創る生協の書評誌『綴葉』」は京都大学生活協同組合の発行する書評誌として1975年に創刊され、一昨年40周年を迎えました。発行は年10回、本好きな院生の編集委員が幅広いジャンルからお薦めの本を選んで紹介し、読者にとって新しい本、ワクワクするような本との出会いの一助となるよう努めています。HPからもご覧いただけますので是非ご覧ください。

綴葉HP:http://www.s-coop.net/about_seikyo/public_relations/teiyo/

VS古谷 大輔先生

京都大学生協 綴葉

第32回 5月

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シャーロック・ホームズの思考術

著者

マリア・コニコヴァ

出版社

早川書房

ワトソンになるな、ホームズになれ!

コナン・ドイルの有名な小説の主人公である名探

偵シャーロック・ホームズは、ワトソンの思いもよ

らぬ洞察力で、事件を解決することができる。

棒のワトソンは医者だが、小説においては「普通に

思いつく解釈」を提示する平凡な人として描かれて

いる。一方、ホームズは「一般的な解釈とは異なる

が、妥当性の高い新たな説」を打ち出すことができる。

ホームズとワトソンは、いったい、どこが違うの

だろうか?

本書は、ホームズを題材にして「観察力」「洞察力」

「想像力」などの思考術を解説した書籍である。心

理学や脳神経科学に基づいているので、説得力があ

る。

内容は盛りだくさんだが、印象的だった点を

いくつか挙げてみよう。

洞察にはクリエイティブなものと、そうではな

いリニアなものがある。

クリエイティビティは学ぶことができる。筋肉

と同じで、鍛練すればすごくなるし、鍛練を止

めれば衰える。

偉大な人たちは、「不確実さの恐怖」を乗り越

えてきた。こういったマインドセットも、学ぶ

ことができる。

AIやロボットが仕事を奪うかもしれないこれか

らの世において、我々人間はホームズを目指すべき

ではないだろうか?

マネー・ボール〔完全版〕

著者

マイケル・ルイス

出版社

早川書房

低予算の球団が地区優勝する実話

オークランド・アスレチックスのGMに就任した

ビリー・ビーン。資金が乏しいので、メジャーリー

グの常識である「守備力があり、打撃力の高い」選

手は獲得できないだけでなく、四番バッターや抑え

のエースなどの主力を、金持ち球団に引き抜かれて

しまう。

しかし翌年、ヤンキースの1/3の選手予算で、

ヤンキースと同じ勝利数をあげ、地区優勝を飾る。

これは実話なのだが、どのようにして成し遂げたの

だろうか?

そこには発想の転換(リフレーム)があった。ア

スレチックスは「勝利に貢献する選手」を集めたの

だ。たとえば出塁率の高い打者(点を取るためには、

ヒットも四球も同じである)、奇妙なフォームで投

げるが点を取られない投手。こういった選手は他球

団では評価されていないので、低い年俸で雇うこと

ができる。

本書の映画版では、既存のフレームに固執するス

カウトや監督と、リフレームして考えるビーンの摩

擦もリアルに描かれる。新たな発想を得るのは困難

だが、それを組織で実行に移していくのはさらに難

しい。

本書の最後に出てくる「知的な勇気」という言葉

は、これらの障害を乗り越えるための私のキーワー

ドである。

文化進化論

⃝著者

アレックス・メスーディ

出版社

NTT出版

「イノベーション」=「文化の進化」?

イノベーションと進化論には共通する点が多い。

イノベーションとは「新たな価値の創造」である

と同時に「新たな文化を生むこと」であると常々考

えていた。たとえば、ウォークマンは、「屋外で音

楽を楽しむ」文化を生んだ。スマホも我々の文化を

変えた。

文化も進化していく、なぜなら「変異」「競争」「継

承」という進化の条件を満たすからだ、と本書は主

張する。しかも文化の進化は、DNAの進化よりも

変化のスピードが速い。つまり、生物としての人間

が進化しなくても、文化はどんどん進化していく。

では、文化の進化、イノベーションはどのように

起こるものなのだろうか?誰かの綿密な計画によっ

て?それとも相互作用的に?

マット・リドレー著の「進化は万能である」とい

う書籍では、「世の中の変化が誰かの意図で起こさ

れている、と考えるのは、生物がすべて創造主なる

神によって創られたと考える創造論と同じである。

実際には進化論と同じように多様さから起こる」と

主張している。

イノベーションを起こすためには、「入念な計画」

づくりに熱心になりすぎることなく、「とにかくア

クションを」取るべきなのだろう。

じてんしゃにのるひとまねこざる

文・絵

ハンス・アウグスト・レイ

出版社

岩波書店

イノベーション創出の根源がこの絵本に

「新たな価値(=イノベーション)を生むこと」

が重要になっている。

イノベーション創出において、最も重要なことは

何なのか?スキルなのか?センスなのか?それとも?

この問いを常に持ちながら、様々な組織とこの分

野の仕事をしてきた私がたどり着いた結論は、この

「四十八ページの絵本」の中にあった。

「おさる」のジョージは、自転車を得て街に飛び

出していく。手放し運転したり、逆向きに乗ったり

して遊んでいると、大きな石にぶつかって前輪が曲

がって自転車が壊れてしまう。かかえて運ぼうとし

ても重くて無理。ついには泣き出してしまう、主人

公(Curious G

eorge

)。彼がどういう工夫でこの

困難を乗り越えるのか、ぜひ読んで心に留めてほしい。

先の問いに対する私の答は「好奇心とあきらめな

い心で、試行錯誤を続けるマインドセット」である。

ジョージは好奇心をもとに外に出て、遊び、困り、

出会い、怒られ、感謝される。「新しいものを創造

することは、知性ではなく、遊びの本能から生じる。」

というユングの言葉を地で行くようだ。

一九五二年に発売されたこの古典的な絵本は、私

の幼児期の愛読書でもあった。問いの答は幼い頃の

私の中に既にあったのである。

残像に口紅を⃝

著者

筒井康隆

出版社

中央公論新社

「実験小説」を面白くするには?

筒井康隆氏の小説には、実験的なものが多い。こ

の作品はその中でもとびきりの実験作である。

なにしろこの本では、一つずつ文字が消えていく

のである。最初の章で、いきなり「あ」という文字

が消える。そうすると、文中に「愛」も「あなた」

も「会う」も「朝」も「~である」も、すべて使え

なくなってしまう。作者はなんとか別の言い方でこ

れらの概念を表現しなければならない。

章を重ねるごとに文字が減り、第三部では残って

いる二十一音のみを駆使して物語が続いていく。そ

れでも、文章として成立しているのは驚異としか言

いようがない。

どうすればこのような斬新な発想が生まれるのだ

ろうか?

そして、どうしてこの実験的な発想を、「面白い、

お金を出す価値のある作品」にできてしまうのだろ

うか?

著者の弟さんとお会いしたときに、その謎は解け

た。筒井康隆氏は、常々こう言っているそうである。

「私ほどの常識人はいない。常識を知り尽くして

いるがゆえに、非常識的な発想ができるのです。」

なるほど。そう考えればすべてが説明できる。

本作品において、最後は「ん」だけが残る。そこ

で作者はどうするだろうか?ぜひ注目していただき

たい。

VS松波 晴人先生

Foresight School(フォーサイトスクール)

第33回 6月

大阪大学 EDGE プログラム Foresight School 講師/大阪ガス行動観察研究所所長<経歴>1966年大阪生まれ。神戸大学大学院工学研究科修士課程修了後、92年に大阪ガス株式会社入社。米国・コーネル大学大学院にて修士号(Master�of�Science)取得ののち、和歌山大学にて博士号(工学)を取得。2005年、行動観察ビジネスを開始。2009年に大阪ガス行動観察研究所を設立。著書に『ビジネスマンのための「行動観察」入門』(講談社)、『行動観察」の基本』(ダイヤモンド社)、寄稿に『ハーバードビジネスレビュー「行動観察×ビッグデータ」特集』がある。登場したメディア:週刊ダイヤモンド、日経ビジネス、日経ものづくり、日経情報ストラテジー、プレジデント、ITpro、NHK総合テレビ「行動ウオッチャーズ」、「ガイアの夜明け」、各社新聞、など

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LIFE

SHIFT

著者

リンダ・グラットン

出版社

東洋経済新報社

「卒業後の進路って、企業行くか、大学残るか、

二つに一つじゃないの?」

あなたはそれが全てだと信じていますか?

本書ではこれ以外の新しい選択の可能性が提示さ

れている。

両親が経験してきた就学期間・労働期間・引退期

間の三ステージで構成されていた人生は、今、変わ

ろうとしている。

人間の寿命は右肩上がりに伸び続けており、

一九九七年生まれの場合、平均寿命は一〇一~

一〇二歳と推定される。一方で年金はますます少な

くなり、三ステージの人生プランでは七〇歳、八〇

歳あるいはそれ以上の年齢まで働かなくては、十分

な老後の資金を確保することは難しくなるだろう。

おまけに目まぐるしいテクノロジーの進化は、就学

期間に蓄えた知識をあっという間に時代遅れにし、

会社でポストを維持する事さえ難しくする。

では、どうすれば、伸びた寿命を有意義に過ごし、

ワーク・ライフバランスのとれた暮らしをすること

ができるのか?そのヒントがここにある。

「自分で自分の人生を決めたい!」

そう願う人に薦めたい一冊。

【評・工学研究科博士後期課程二年

川崎愛結美】

あなたもいままでの10倍速く

本が読める

著者

ポール・R・シーリィ

出版社

フォレスト出版

あの頃の集中力を…!

今、世界には一億三〇〇〇万冊もの本が存在して

いるそうです。いや、本、多すぎませんか。このバ

トル一回だけでも一〇冊あるじゃないですか。全部

読もうとすると時間が足りないですよね。家にある、

買ったままになっている本も合わせると…

本は読みたいが時間が限られているあなたにとっ

ておきの一冊があります。ズバリ、「フォトリーデ

ィング」です。これは、潜在意識をフル活用して、

ページを写真のようにイメージとして脳にインプッ

トするというものです。要するに、全ページをざっ

と見通して、次に読む際に「なんか見たことあるな」

という状態を作ることです。

しかし、この方法は集中しないといけません。そ

して表紙のとおり、以前と比べ一〇倍速く読める人

は少ないと思います。そしてなんとなく宗教チック

に感じられるかもしれません。挫折する人は多いは

ずです。

ですが、断言します。一度試してみる価値は絶対

にあります。どうせ読むなら、速く読みませんか。

【評・外国語学部二年

松野玲音】

先が見えない時代の

「10年後の自分」を考える技術

⃝著者

西村行功

出版社

星海社

この本はシナリオ・プランニングの考え方をベー

スに、実際に未来の自分を具体的に考え、望む未来

を形にしていくための方法を紹介している。

シナリオ・プランニングとは「起こり得る複数の

未来」を想像力を働かせて真剣に考え、その対処法

を事前に考えておくことである、と筆者は述べる。

そのために必要となるのが三つの力であり、本書は

この力をそれぞれ詳しく説明するかたちで構成され

ている。いずれの力も非常に参考になる考え方で

あるが、今回はそのうちの一つ、「つながり思考力」

から一つの質問を取り上げたい。

「サッカーの日本代表選手には四~六月生まれが

多く、かつその傾向は近年になるほど高まるという。

では、この事象の原因はどのような因果関係から成

り立つのだろうか?」(え、誕生月とプロサッカー

選手の人数の関係?何がどう繋がるんだ?と思った

そこのあなた。まずは少し考えてから、この本の

八十二ページを開いてほしい。きっと目からウロコ

が落ちるはず。)

身近な問題から、あらゆる事象に応用できる考え

方を知ることができるという点で本書は非常にため

になる。そして、自分の将来を「思考」する良いき

っかけを与えてくれるはずだ。

【評・人間科学研究科博士前期課程一年

河原沙也加】

シリコンバレー発

アルゴリズム革命の衝撃

著者

櫛田健児

出版社

朝日新聞出版

私は「AIIによって仕事が奪われる」と言う意

見を聞くたびに非常に違和感を覚えます。機械学習

を少しでもかじっていたり海外に住んでいる人だと

これらができることは統計とそんなに変わらない自

動化ツールであると認識している人も多いです。人

の仕事は単純なように見えて実は何かと複雑です。

その仕事の中で大量のデータをみて、それっぽいデ

ータを見つけるというある種のタスクが仮に「AI

によって奪われた」としてもそれ以外の仕事は間違

いなく人間がしなくてはならないでしょう。

同様にみなさんはクラウドというものの正体を知

っていますか。クラウドは何がすごいのか、IOT

とは何か、ありとあらゆるものにインターネットが

組み込まれて何が嬉しいのか、私たちの生活がどう

変わるのか、ブロックチェーンは一体なんなのか。

これらの技術によって私たちの取り巻く環境は急

速に変わっており今後加速していくにもかかわらず、

多くの人がこれらをイメージだけで捉えてしまって

います。これらについて理解を深めたい人のための

入門書としてオススメです。

【評・基礎工学部四年

大平義輝】

ブロックチェーン・レボリューション

著者

ドン・タプスコット

出版社

ダイヤモンド社

Q.ブロックチェーンってビットコインを支える

だけの技術でしょ?

A.違う。ビジネスを経済を、そして世界の根本

を変革しうる技術である。インターネットでは情報

を伝達することしかできなかった。だが、ブロック

チェーンなら価値を伝達することができる。ブロッ

クチェーンは私たち人類を未知のフェーズへ連れて

行ってくれる。

ブロックチェーンはインターネットと同じように

破壊的イノベーションを発生させる技術と言われて

います。この書籍はブロックチェーンの初歩的な内

容から最先端の内容まで幅広く、取り扱っておりま

す。まるで夢のような世界が、この本には書かれて

います。しかし、これは現実の話です。今もどこか

で誰かがブロックチェーンを用いてより良い世界を

創造しようとしているのです。

Q.例えば?

A.ビジネスシステムを変革したり、真のシェア

リングエコノミーを作れたり、アート業界と私たち

の関係性を変えたり、クリーンな政治制度を作れた

り、国を壊したり…

あとはぜひ手に取って読んでみてください。

【評・経済学部卒

岡島望】

Foresight�Schoolは2016年度に大阪大学EDGEプログラムで開催された講座です。講師は松波晴人氏(大阪ガス行動観察研究所長)です。受講生は行動観察に基づくイノベーション創出の方法を学び、レストランでの混雑緩和や新しいコンセプトの消しゴム開発に取り組みました。また、EDGE�INNOVATION�CHALLENGE�COMPETITION�2017ではGold�Award(優勝に相当)を受賞しました。

※Foresight�Schoolの詳細はP27でご紹介しています。�

VS松波 晴人先生

Foresight School(フォーサイトスクール)

第33回 6月

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ボランティアバスで行こう!

著者

友井羊

出版社

宝島社

教室で勉強しているだけでなく、社会に出て動い

てみたいと思いませんか?インターンもあれば海外

留学もあります。災害が起こったときに被災地に駆

けつける災害ボランティアはどうでしょうか?

害が発生したからボランティアとして駆けつける。

そう単純に思えたら、それはそれでいいかもしれま

せん。しかし、普通は、行くべきなんだろうか、行

かない方がいいのではないか、迷惑をかけてしまう

のでは・・・そう悩むことの方が自然なような気が

します。

この小説には、現場に行ってみたいけれど迷って

しまう、その迷いがうまく書かれています。そして、

迷いがどのように解けたかというストーリーにも共

感できるのではないでしょうか?本書は、災害ボラ

ンティアのガイドでもマニュアルでも体験記でもあ

りません。実は、東日本大震災をめぐる推理小説で

す。震災のことを小説にするなんて、ましてや推理

小説?

と訝る向きもあるでしょう。でも迷いなが

らも現場に駆けつける姿がよく描けています。もち

ろん、最後にアッと驚くトリックも待っています。

現場に行ってみようと思ったら、他の三冊も読んで

みてください。

農山村は消滅しない

著者

小田切徳美

出版社

岩波書店

現場も頑張って、読書も頑張ってきました。そろ

そろ自分も現場の人たちと一緒に何か具体的な課題

に取り組みたい。たまたま通っている現場は、中山

間地の農村。今、目の前に起こっていることは、こ

の農村に特有のことなのだろうか。限界集落、消滅

集落・・・そんな言葉も聞こえてくる。でも、通っ

ている農村では、お世話になっているあの親父は元

気だし、村祭りには多くの住民が元気な姿を見せて

くれる。都市との交流事業で村に住み着いて農業を

始めた若い夫婦もいる。この農村にも限界は来るの

だろうか、消滅するのだろうか。目の前に展開する

出来事をもう少し広い文脈で捉えてみる、そうして、

自分が通っている農村で住民の皆さんと一緒に具体

的に何か事を起こしていく。そんな時には、本書の

ような議論を(その反対派も含めて)

いくつも読ん

でおき、現場に向かう。そして、現場で考える。現

場から帰るとまた関連する議論を読む。そんなこと

が必要だと思います。

世界史の構造⃝

著者

柄谷行人

出版社

岩波書店

さて、いろいろ迷った末に、じっくりと考えて、

現場に通うようになりました。会う人会う人個性的

でおもしろい。見るもの聴くものは皆新鮮。やはり、

教室での勉強とはひと味違うと感じるときがありま

す。でも、自分が現場で学ばせてもらったことを言

葉にしようとすると、はたと困ってしまいます。阪

大生として、勉強が足りないことにも気づくと思い

ます。そんなときは、ぐっと現場から離れて、物事

を大局的に見るような視点も必要でしょう。

本書は、いわば世界を見る見方(の一つ)を教え

てくれる本です。文庫本になって入手しやすくなり

ましたが、当然ながら、読みやすくなるわけではあ

りません。文庫で手に入るのに、難しい。でも現場

に慣れてきたときにこそ、そんな本も読んでみませ

んか?高校で世界史を学んだ人も学ばなかった人も、

歴史が好きでも嫌いでも関係ありません。多くの人

は、哲学者にもならないでしょうし、歴史学者にも

ならないでしょう。でも、世界をみる見方を一つ持

っていると違ってきます。

カラマーゾフの兄弟

全五巻

著者

フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー

出版社

光文社

豊中キャンパスで過ごしていた二年間。現場での

活動・研究と大学での勉強がどんな風に関連してい

るのか…実は、そんなことはあまり考えませんでし

た。共通教育(教養課程)で倫理学を履修しました。

先生は、倫理学の流れを説明されるのではなく、一

人の作家のいくつかの小説を紹介され、(今から思

えば)倫理学の核心的な問いを考えさせる授業をさ

れました。先生ご自身もまさに額に汗して必死に考

えながら話しておられた印象が残っています。実は、

内容はよくわかりませんでした。でも、そんなに汗

をかいて考えるに値する面白さがあるのかと思い、

夏休みに、授業で紹介された小説を読みました。そ

れが「

カラマーゾフの兄弟」です。

長い小説を読み終わって、空が白んできたとき、

考えるということの楽しさがじんわりと伝わってき

ました。もちろん、物語そのものも面白いのですが、

特定の場面を巡って、そうそうたる人々が思索を重

ねてきたことも知りました。そういう体験をしてお

くことは、その後の大学生活、いや、人生にとって

とても大事だと思っています。

調査されるという迷惑

著者

宮本常一/安渓遊地

出版社

みずのわ出版

現場に入って活動しているボランティアや調査研

究を行っている研究者。現場で出会う様々な人たち

と笑顔で会話したり、専門家として聴き書きをした

り現場の資料をまとめたりしている姿。少しだけカ

ッコいいと思いませんか?でも、もし、その人達が

帰った後、支援に涙していた住民、笑顔で質問に応

えていた住民が、ボランティアや専門家に対して、

口々に不満を漏らし、時には、強く批判していたと

したら?現場に入って活動や研究をする姿をかっこ

いいなんて軽く思ってはいけないのです。いったい、

何様のつもりで現場に現れているのか?そう自問自

答すべきです。もちろん、私には無理かもなどと考

える必要はありません。でも、まずは人として、し

っかりと相手のことを考えて(失敗しながらも)接

していく。当然のことです。

本書は、この当然のことがいかに難しいか、では

どうすればいいのかを考えさせてくれる本です。何

度も読み返すことになる本だと思います。

大阪大学大学院人間科学研究科 教授<経歴>1961年大阪府生まれ。大阪大学人間科学部卒業。フルブライト奨学金によりミシガン大学大学院に留学、博士号(Ph.D. 心理学)�取得。大阪大学大学院人間科学研究科博士課程単位取得。神戸大学文学部助教授、大阪大学大学院人間科学研究科助教授などを経て、2010年現職。

自宅のあった西宮市で阪神・淡路大震災に遭い、避難所などでボランティア活動に参加。これをきっかけに災害ボランティア活動の研究と実践を続けている。現在、認定特定非営利活動法人日本災害救援ボランティアネットワーク理事長のほか、

日本グループ・ダイナミックス学会、日本災害復興学会、日本自然災害学会などの役員を務め、多くの社会活動を行っている。○近著 「災害ボランティア」(弘文堂�単著) 「防災・減災の人間科学」(新曜社�編著)等

VS渥美 公秀先生大阪大学災害ボランティア

サークル すずらん

第34回 7月

Page 10: 大阪大学書評対決 ブックコレクション - Osaka Univ€¦ · 韓国のチャンピオンに「お前は兵役を経験していない。戦場での本当の飢餓を経験し

19 18

この世界が消えたあとの

科学文明のつくりかた

著者

ルイス・ダートネル

出版社

河出書房新社

無人島に何か一つ持っていくなら?

よく耳にする質問である。ナイフ、種、スマホ、

愛?・・・人それぞれの解答があるだろう。本と答

える人も多い。ひょっとするとその最適な一冊はこ

の本かもしれない。

少し状況は異なるが、これは大破局が起こったあ

との「生存者のための手引書」だと著者は言う。単

に数日間のサバイバル生活を過ごすのではなく、突

如として失われた高度文明を復興させるための技術

書なのだ。食糧、医薬品、コミュニケーション、時

間などあらゆるものを取り戻すための知識が詰まっ

ている。

文系・理系どちらの学生にも刺激的で、あらゆる

学問が欠かせないものだと改めて気づかせてくれる。

また注釈や資料文献も丁寧に書き添えられており、

気になった分野はすぐに掘り下げられる。世界十五

ヶ国以上で刊行されたコアな一冊を、ぜひ手にとっ

てみてほしい。

【評・明石大輝】

独立国家のつくりかた

著者

坂口恭平

出版社

講談社

子供のころ、自分だけの国を作りたいと夢見たこ

とはないだろうか。思うままに生きてみたいと思っ

たことはないだろうか。

この本には、そんな夢が詰まっている。実際に、

著者は自分だけの独立国家を築き、新政府の総理大

臣にまでなった。「ん?何言うてんの?独立国家?

総理大臣?」と思ったかもしれない。そう、そうい

った「疑問」こそが、著者が独立国家を築く上での

原動力となったものである。

気づいていないかもしれないが、世の中には「な

ぜ」があふれている。もしその「なぜ」に気づかな

いなら、それは「当たり前」という言葉がふたをし

ているからだ。著者は、その「当たり前」を疑った。

疑い続けた先に、文化や社会にしばられない自分だ

けの物の見方、価値観がうまれた。その思想を通し

て見える世界を著者は「独立国家」と呼んでいる。

日本は生きづらい。そんな声を聞くことが多くな

ったように思う。そんな社会の中では、著者のよう

に、当たり前を疑って自分だけの価値軸を作り、思

想的自由の中でのびのびと生きていくことが大事な

のではないかと思う。この本を読んで、あなたも自

分だけの独立国家を築いてみてはどうだろうか。

【評・北野

翔大】

華氏451度 新訳版

⃝著者

レイ・ブラッドベリ

出版社

早川書房

テレビ、スマホ、パソコン。私たちは様々な電子

機器に囲まれて暮らしている。これらがなければ、

人々の生活は崩壊してしまう、と言っても過言では

ないだろう。電子機器への依存が進むと同時に、「活

字離れ」という言葉も耳にする機会が増えて来た。

もし、世界からこのまま本が消えてしまったらどう

なるのだろうか?

『華氏451度』にはまさに本の所持すらも禁止

された世界が描かれている。

この未来世界の人々は完全に機械に依存するよう

になっている。彼らは考えることを忘れ、表面的に

は幸せに暮らしているが、中身は何もない。主人公

は焚書官という、本を見つけては焼く公務員として

働いている。(本は社会に害を与えるため、違法に

なっていた。)しかし、ある人との出会いによって

彼の考え方は次第に変化していき、最後にはとんで

もない行動を起こしてしまう…。

幸せとは何か、人間とは何か。本には何が、誰の

どのような思いが、詰まっているのか。様々なこと

について考えさせられる一冊だ。

【評・吉田瑞穂】

日本沈没 上・下

著者

小松左京

出版社

小学館

この数年の間だけでも、我々の予想を超える大災

害がどれほど日本を襲ったことか。特に、熊本地震

や東日本大震災などはまだ記憶に新しいはずだ。そ

して、大災害が多発する中、「未曾有の災害」とい

う言葉はNGワードになってしまった。

しかし、この作品では日本列島が海の底へと沈ん

でしまうのだ。これこそ、まさに「未曾有の災害」

と言うべきレベルである。

日本各地で立て続けに起こる地震や噴火、無人島

の沈下。不安に駆られ、逃げ惑う人々。全貌解明に

奮闘する科学者たち。対策に奔走する日本政府。破

壊されていく日本を前に、彼らは何を思うのだろう

か。それをつき詰めれば日本とは何か、日本人とは

何かが見えてくるのかもしれない。

本格的な地球科学と様々な人々の思いから成るこ

の作品は、壮大なスケール感で読者を圧倒する。

ちなみに、日本沈没には下巻はもちろん、第二部

まである超大作なので、日本そして日本人の行く末

を最後まで見てほしい。

【評・片山潤一】

魂でもいいから、そばにいて

著者

奥野修司

出版社

新潮社

災害大国、日本。特に、大地震は忘れた頃に、予

期せぬ場所で起こる。阪神淡路大震災、新潟中越地

震、東日本大震災、熊本地震……。

本書は、東日本大震災から六年というタイミング

で、発刊され、すでに話題を呼んでいる。震災以降、

被災地でまことしやかに囁かれてきた不思議な体験

の数々、中でも本書は、家族や近しい人を喪った被

災者の、「亡き人との再会」が、実名で紹介している。

犠牲者の遺族の多くが、「あのとき、ああしてい

たら、家族は助かったかもれしれない」と、今なお

自分を責め続けている。その中で、夢の中での喪っ

た人との鮮明な会話や、肌のぬくもり、日常での偶

然とは思えない一致など、それらの不思議な体験が、

被災者が前に進む後押しをしてくれていることは確

かである。

災害とは理不尽なものであり、簡単に受け入れら

れるものではないが、被災者の方々が語る言葉から、

災害に限らず、多くのことを学ぶことができ、本書

は様々な葛藤を経て、これまでとは異なる切り口で、

その「語り」を伝えてくれている。【

評・長山広太郎】

私たちは、東日本大震災の発災後、2011年4月に学生有志で設立された災害ボランティアサークルです。以来、被災地に「寄り添い続ける」ことをテーマに、岩手県野田村での活動を続け、現在では民泊ツアー「のだ暮らし応援交流ツアー」を年2回行っています。普段は、阪大図書館で週1回のミーティングを開催し、関西にて防災授業や防災イベント等の企画・実施を行っています。興味のある方は下記アドレスをぜひご覧ください。HP:http://suzuran.jpn.org/   Twitter:https://twitter.com/ou_suzuranFacebook:https://www.facebook.com/suzuran.ou

VS渥美 公秀先生

大阪大学災害ボランティアサークル すずらん

第34回 7月

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21 20

走ることについて語るときに

僕の語ること⃝

著者

村上春樹

出版社

文藝春秋

「自己へのコミュニケーションデザイン」

この本は、作家であり翻訳家でありランナーでも

ある村上春樹さんが、走ることについての考えをま

とめたエッセイです。

村上春樹さんにとって走ることは、創作活動を構

成する自己規律として存在しているようです。

日常の雑音から離れ、走ることを通して「空白」

を獲得し、自分自身と向き合う時間を強制的に作る

といった「自己へのコミュニケーション」が、そこ

にあるようです。

走ることを介した「自己へのコミュニケーション」

は、哲学者のミッシェル・フーコーが言うような「自

己への配慮」という概念とも、議論の内容や背景は

大きく違うとはいえ、「汝自身を知る」ことに結び

ついているという意味では重なる部分があるかもし

れません。

走ることが好きな方だけでなく、走ることが嫌い

な方も、走ることとはどのようなことかを考える良

い機会になると思うので、ぜひ読んでみてください。

学校の授業で行われる持久走が嫌で仕方がなかっ

た方も、この本を読み終えた後には「これから走っ

てみようかな」と思えるかもしれませんよ。

社会技術概論⃝

編著者

小林信一

出版社

放送大学教育振興会

「科学技術と社会のあいだのコミュニケーション

デザイン」

この本は、科学技術と社会のあいだで生じる問題

に対して、「社会技術」(社会のための技術)という

観点からアプローチする際の基礎知識を、「科学技

術社会論」という分野における日本の第一人者たち

が体系的にまとめたものです。

わたしが現在所属している「公共圏における科学

技術・教育研究拠点」(STiPS

)では、科学技術と

社会の間や分野間をつなぐ人材を育成するという目

的のもとで、立場や専門分野の異なる人たちとコミ

ュニケーションをとり、科学技術と社会のあいだで

生じる問題を解決するための方策を共に考えデザイ

ンしていくための対話経験・対話技能・専門知識を

養う場として、副専攻プログラムおよび高度副プロ

グラム「公共圏における科学技術政策」を提供して

います。

この本を読んでみて「科学技術と社会のコミュニ

ケーションデザイン」に関心を持った方は、STiPS

が提供している対話的な授業の様子を覗きに来てく

ださいね。

疑似科学と科学の哲学

⃝著者

伊勢田哲治

出版社

名古屋大学出版会

「文系と理系のあいだのコミュニケーションデザイン」

この本は、「創造科学や占星術といった疑似科学は

科学と言えるか」を改めて細やかに考えることを通し

て、「科学とは何か」を説明していき、その過程で「科

学哲学」という学問分野の基礎概念や理論を導入して

いくという、科学哲学のユニークな入門書です。

科学哲学は、科学における様々な諸相に対して哲学

(認識論・存在論・論理学・倫理学)の観点から問題

を立て、問題に対する切り口となる概念・理論を構成

していくという過程のなかで、科学をより良く理解す

ることを目指した学問分野です。

科学哲学の魅力は、理系のトピックに対して文系の

観点を導入するといった「文理の融合感」にあったり、

科学分野を広く俯瞰しながら最先端の科学的知識と多

様で深淵な人文知(哲学・歴史学・人類学・社会学な

ど)を結びつけるといった「知の混合感」にあるので

はないかと思います。

文系の学問と理系の学問の両方に興味がある方に

とって、科学哲学は面白い学問分野だと思いますので、

そうした方はひとまずこの本を手にとってみてください。

オンラインで公開されている「科学哲学を専門的に

学びたい高校生・大学生・社会人のために」という記

事に科学哲学の読書案内も載っているので、よかった

らそちらもあわせて覗いてみてください。

せかいいちのねこ

絵と文

ヒグチユウコ

出版社

白泉社

「友達間のコミュニケーションデザイン」

ぼろぼろで、きたなくて、ぶさいく。

でも、とても優しくて、友達思い。

そんな猫のぬいぐるみ「ニャンコ」が主人公の絵

本です。

自分に名前をくれた仲良しの男の子とこれからも

ずっと仲良しでいるために、本物の猫になろうと決

意し、旅に出るニャンコ。

旅先で出会う個性的な猫たちとの心の通ったふれ

あいを通して、「せかいいちのねこ」が誰なのかを

少しずつ知っていくニャンコ。

猫のぬいぐるみと本物の猫という異なる存在のあ

いだに顕れる手触りのある優しさが、絵本全体に溢

れています。

本物の優しさとはなんでしょうか。

本物の幸せとはなんでしょうか。

本物の友達とはなんでしょうか。

だいじな友達とずっと仲良しでいるうえで、猫の

ぬいぐるみと猫たちの物語から学ぶことがあるかも

しれません。

きみは赤ちゃん

著者

川上未映子

出版社

文藝春秋

「家族内のコミュニケーションデザイン」

妊娠・出産・育児という過酷かつデリケートな事

柄について、作家の川上未映子さんが実体験を綴っ

たエッセイです。

おなかにこどもができ、出産し、こどもが一才に

なるまでのリアルな過程が、川上未映子さんの柔ら

かく豊かな感性で描かれており、楽しみながら学べ

る読みものになっています。

この本を読むと、川上未映子さんが旦那さんと良

い関係性を築けていることがよく分かります。

育児に関しては「男性だからこうするべき」「女

性だからこうするべき」という性別に固定した役割

などはなく、コミュニケーションを密にとりながら、

自分が出来ることを相手のためにすることが大事な

ようです。

この本は、「旦那さんにできることは何か」を考

える良い機会にもなるという意味で、男性が学ぶべ

き内容も多く含まれています。

妊娠・出産・育児の現実を知るうえで、女性・男

性、夫婦・カップル問わず、そして恋愛にまだ縁が

無い若くて心優しい女性・男性にも、今後に備えて

ぜひ読んでもらいたい本です。

大阪大学 CO デザインセンター 特任助教(常勤)<経歴>1987年秋田県生まれ。専門は科学哲学、研究倫理、科学技術社会論。大阪大学では、「公共圏における科学技術・教育研究拠点」(STiPS)において教育研究を担当。今回の書評は、「コミュニケーションデザイン」という観点から行った。

HP:http://researchmap.jp/yukisugawara/

VS菅原 裕輝先生副専攻プログラム

「公共圏における科学技術政策」

第35回 8・9月

Page 12: 大阪大学書評対決 ブックコレクション - Osaka Univ€¦ · 韓国のチャンピオンに「お前は兵役を経験していない。戦場での本当の飢餓を経験し

23 22

トランス・サイエンスの時代

著者

小林傳司

出版社

NTT出版

現・大阪大学副学長の小林傳司先生(科学哲学・

科学技術社会論)著書。

タイトルにもある「トランス・サイエンス」とは

科学と政治の交錯する領域を指し〝科学によって問

うことはできるが、科学によって答えることのでき

ない問題群から成る領域〟のこと。

原子力発電や遺伝子組み換え作物、ヒトゲノム研

究など、科学技術が高度に複雑化し、社会に及ぼす

影響が大きくなったなかで注目を集める分野です。

専門家と非専門家の「科学技術コミュニケーション」

や「サイエンスカフェ」といったものも、この分野

の代表的なものと言えます。

本書前半では、「なぜ今、トランス・サイエンス

の議論が必要なのか」を改めて問い直し、後半は「コ

ンセンサス会議」と呼ばれる、アメリカやデンマー

クで多く用いられ、国内でも行政を中心に注目を集

めつつある意思決定手法について、実践の記録に基

づき論じられています。この本を通して、副学長の

頭の中を覗いてみては?

【評・工学研究科

M2

古田賀子】

脳が壊れた

著者

鈴木大介

出版社

新潮社

取材記者である筆者は四十一歳という若さで脳梗

塞になり、その後も高次脳機能障害が残ったまま生

活をすることになります。闘病記というと重いイメ

ージがありますが、明るい妻とともにユーモアを交

えながら楽しくリハビリと日常生活を描いています。

負った障害の不自由感や当事者感覚を、何ができ

なくてどのように苦しいのか「自分自身に取材」を

行い、できるだけ分かりやすいように様々なことば

で伝えられている点が特徴です。例えば、「パラパ

ラ漫画のコマが抜け落ちている」これは視界の左半

分が見えなくなる半側空間無視を表現しています。

本書では一見病気だとは分からないような「障害

と健常のボーダーラインにいる人」こそ、支援や周

囲の理解が届かない傾向にあると語られています。

多くの人にも周囲に理解してもらえないことやうま

く伝わらないことで悩み苦しんだ経験があるのでは

ないでしょうか。この一冊を読み、少しでも皆様が

前向きに生きやすくなるような手がかりになれば幸

いです。

【評・医学系研究科

M1

三原明穂】

読書について⃝

著者

アルトゥル・ショーペンハウアー

出版社

岩波書店

私は本を読み終わった後には大きな充実を感じな

がらも、次の日にはほとんど内容を思い出せないな

んてことがしょっちゅうありました。

そのような読者に対して、筆者は、「読書は、他

人にものを考えてもらうことである。本を読む我々

は、他人の考えた過程を反復的にたどるにすぎない。

習字の練習をする生徒が、先生の鉛筆書きの線をペ

ンでたどるようなものである。だから読書の際には、

ものを考える苦労はほとんどない。自分で思索をや

めて読書に移る時、ほっとした気持になるのも、そ

のためである。だが読書にいそしむかぎり、実は我々

の頭は他人の思想の運動場にすぎない」と一蹴します。

そうです。私は、「読書」をしていただけで、自

分の頭で考えるという「思索」を行っていなかった

ために、本に記された知識・思想が自らのものにな

っていなかったのです。

ここまで読んでギクリとした方、ブックコレクシ

ョンで紹介される、魅惑的な本に飛びつく前に、ま

ずはこの少し陰気臭い哲学者のお小言に耳を傾けて

はいかがでしょうか。

あまりに直球で痛いトコロをついてくるため、途

中で投げ出してしまうかもしれませんが・・・。

【評・国際公共政策研究科

M2

新堂翔大】

完全教祖マニュアル

著者

架神恭介

出版社

筑摩書房

皆さん、ハッピーですか?僕はそうでもないので

す。外語文献を読むのは疲れる、研究アイデアも浮

かばない、良さげな仕事もあるわけじゃなし。私生

活では誰からも粗大ゴミ扱い。ああ、どうすればハ

ッピーになれるのかしら…。

そんなとき出会ったのが『完全教祖マニュアル』。

マニュアルなんかで教祖になれるはずないじゃん…

そんな常識的な感性は阪大生のあなたなら捨てられ

るはずです!このマニュアルはHow

to

にこだわ

っています。「教祖は人をハッピーにするお仕事」

という主張から始まり、前半の「思想編」では高度

な理論と大衆性を兼ね備え、信者を手放さない教義

の作り方をあけすけに指導。後半の「実践編」では

布教の仕方や他教との付き合い方、さらには「甘い

汁を吸おう」なんて垂涎のテーマも解説!古今東西

の成功した宗教の事例も豊富で、エビデンスってや

つもばっちりですよ!

人生の選択肢としての教祖、全然ありですよね。

僕はいつでも教祖を始められるように、とりあえず

ヒゲを伸ばして神秘性を演出しています!皆さんも

『完全教祖マニュアル』を読んで、キャリアパスを

充実させてみては?【

評・文学研究科

D1

中村文彦】

信頼学の教室⃝

著者

中谷内一也

出版社

講談社

どういった人・会社が信頼できるのか、何を以っ

てそう判断しているか。単なるハウツー本ではなく

学問としての信頼学の研究成果が童話を例にして読

みやすく紹介されています。

信頼は築きにくいが崩れやすいという非対称性を

「確証バイアス」や、悪いイメージは他のことにも

波及し良いことは波及しない「一般化と限定化」な

どによって説明しています。次に信頼形成に重要な

要因を三つに分けて分析しています。高度な運転技

術をもつタクシー運転手と、安全運転で表彰されて

いる運転手のどちらを信用するか、胡散臭い専門家

と信頼できそうな専門家の違いは何かなどを例に学

問的説明がなされます。後半では東京電力などの組

織への信頼が震災前後でどう変わり、波及したかの

調査研究が紹介され、信頼回復への手立てが示され

ます。なんだかふんわりしている「信頼」に科学の

メスを入れ説明した記述的研究。興味があればぜひ!

【評・理学研究科

D3

山脇竹生】

「科学技術と社会を架橋するのは誰か。」こんなキャッチフレーズを掲げている、副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」(高度副プログラムもあります)の履修生チームです。このプログラムは、COデザインセンターが提供しています。科学技術と社会の間で起こりうる様々な問題を多角的に理解できる人材、そして、学問分野の間、学問と社会の間を「つなぐ」人材を育成することを目指しています。多様な専攻の院生が参加しています。学生間のディスカッションを重視した授業が多いのも特徴です。

HP:http://stips.jp

VS菅原 裕輝先生

副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」

第35回 8・9月

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25 24

順 位 書評製作者 書 名 著 者 出版社 本体価格

1 阪大農学部 読んでいない本について堂々と語る方法 ピエール・バイヤール 筑摩書房 950

2 阪大農学部 さがしものが見つかりません! 秋山浩司 ポプラ社 660

3Foresight School 講師/

大阪ガス行動観察研究所所長 松波晴人さん

シャーロック・ホームズの思考術 マリア・コニコヴァ 早川書房 920

4思ス

沁チンフ

夫先生 星の王子さま サン=テグジュペリ 平凡社 950

菅原裕輝先生 走ることについて語るときに僕の語ること 村上春樹 文藝春秋 520

5菅原裕輝先生 きみは赤ちゃん 川上未映子 文藝春秋 640副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」 読書について アルトゥル・ショーペンハウアー 岩波書店 640

上半期売上ベスト5

図書館からのコメント

書評対決で紹介された本のう

ち、図書館で所蔵しているものを、

総合図書館(豊中)と理工学図書

館(吹田)で展示しています。も

ちろん貸出やキャンパス内の好き

な図書館への取り寄せもできます

(取り寄せは大阪大学所属の方の

み)。ぜひご利用ください。

総合図書館で展示した本は、ど

れもまんべんなく借りられていま

す。その中でも上半期によく借り

出されたのは『読んでいない本に

ついて堂々と語る方法』『ゾウの

時間ネズミの時間』『シャーロッ

ク・ホームズの思考術』『ボラン

ティアバスで行こう!』『走るこ

とについて語るときに僕の語るこ

と』などでした。夏休みにともな

う長期貸出が始まった頃には、『カ

ラマーゾフの兄弟』全5巻(対決

の対象は第1巻のみ)の大作に挑

戦する方も出ました。同じく古い

作品では、平凡社東洋文庫『デル

スウ・ウザーラ 沿海州探検行』

などにも光が当てられ、現代の読

者に届けていただき、図書館とし

てもうれしいかぎりです。

本は対決終了後も半年ほど展示

しています。展示が終わった本も

引き続き図書館で利用できますの

で、書評を読んで気になった本は、

ぜひお手に取ってみてください。

生協からのコメント

今回のベスト5は意外な

ラインナップだと思いまし

た。1位が「読んでいない

本について堂々と語る方法」。

これは皆さんの願望の表

れなのでしょう。もっとも

多くの方に購入いただきま

した。次に意外だったのが

古典のライクイン。「星の

王子さま」「読書について」

等のロングセラーは強しです。

学生団体さんが1位、2

位を占めたのは初めてだっ

たかもしれません。4月だ

ったので新入生に支持され

たのかもしれませんね。

ブックコレクションから ノーベル文学賞 !?

2017年2月、第30回の対決で学生団体の大阪大学キャリアサポーターさんが選書された「わたしを離さないで」の著者カズオ・イシグロさんが2017年のノーベル文学賞に選ばれました!2016年下半期冊子も是非チェックしてください。

対決結果

京大生協さんとの共同企画が実現!2017年 6 月は京大で四十年も続く書評誌「綴葉」編集委員と阪大の教員―古谷大輔先生が対決しました。古谷先生は京大で非常勤講師を務められたことがあり、ある意味師弟対決でもありました。京大生協ルネでもこの対決を盛り上げるべく、大々的に企画展開を行っていただきました。その際の対決結果は・・・綴葉さんが勝利、阪大ブックコレクション企画でも学生さんが勝利しました。

第31回

思沁夫 先生 VS 阪大農学部冊数差

11冊

第32回

古谷 大輔 先生 VS 京都大学生協綴葉

冊数差

17冊

第33回

松波 晴人 先生 VS Foresight School冊数差

7冊

第34回

渥美 公秀 先生 VS 大阪大学災害ボランティアサークル すずらん

冊数差

5冊

第35回

菅原 裕輝 先生 VS 副専攻プログラム「公共圏における科学技術政策」

冊数差

3冊

WIN

WIN

WIN

WIN

WIN

学生団体教 員

速 報

Page 14: 大阪大学書評対決 ブックコレクション - Osaka Univ€¦ · 韓国のチャンピオンに「お前は兵役を経験していない。戦場での本当の飢餓を経験し

27 26

大阪大学災害ボランティアサークルすずらんForesight School私たちは、大阪大学災害ボランティアサークルすずらんです。東日本大震災の発災をきっかけに、2011年 4 月に学生有志で設立され、主に岩手県野田村を主な活動場所として、「寄り添い続ける」ことを目指し、長期的な支援活動を続けてきました。メンバーは阪大生だけでなく、他大学の学生も所属しており、現在約30名で活動しています。普段は阪大図書館にて週一回ミーティングを行い、休日や長期休暇を利用して、関西で防災イベントの企画・開催、また小学校や高校などで防災授業に取り組むなどしています。ぜひお気軽に、ミーティング見学にお越しください!

Foresight School は、2016年度に大阪大学 EDGE プログラムで開催された講座です!大阪ガス行動観察研究所の松波晴人先生を講師にお迎えし、行動観察に基づくイノベーション創出の方法を学びました。スキル/知識/マインドセットの 3 つを学びながら、①finding(気づきを得る)→②insight(洞察を得る)→③ foresight(展望を生む)→④action(実行する)というプロセスに沿い、新たな価値を創造します。さらに実践として、図書館下食堂での混雑緩和や、新しいコンセプトの消しゴム開発に取り組んでいます。また、EDGE� INNOVATION�CHALLENGE�COMPETITION�2017ではGold�Award(優勝に相当)を受賞しました。今年度も、11月から 2 期が開始予定です。一緒にイノベーションを起こしましょう!

 2012年から、年数回、「民泊ツアー」を実施し、村の暮らしを『体感』し、魅力を『知る』、そしてそれを関西で『発信していく』という活動を行っています。そこでは、いわゆる「ボランティア」という活動にとどまらない、貴重な出会いや学びがあります。今年の夏も、

「Yahoo! 基金」から助成を受け、ツアーを実施しました。

 現在、複数の小学校や高校で防災授業を行い、また市の防災イベントにゲストスピーカーとして参加させていただくなどしています。また、各地で災害が起こった際には、街頭募金や現地でのボランティアを行っています。 これらの活動では、防災活動を行うことはもちろん、普段の学生生活では得ることのできない、多くの繋がり、チームでの企画力を得ることができます。

〜お守り消しゴム〜大阪大学 foresight school 受講生が株式会社 SEED と協力して、新しいコンセプトの消しゴムを作りました。その名もお守り消しゴム。誰にも言えない秘密、強い思いをこの消しゴムに託してください。

「大切な想いだから自分の心の中にしまっておきたい」「大切な想いだからこそ、みんなに言ってしまいたい」そんなとき、お守り消しゴムは側にいます。あなたの思いが遂げられますように、と願いながら。

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〜阪大ラバー〜 今は,人との繋がりが希薄になってしまった時代です。しかし,これからの世の中で求められるのは,利害や立場を越えて新しい価値を共創していくことです。私たちは,“大阪大学でより気軽に交流を促す機会を生み出したい” と考えながらこの消しゴムを作りました。この消しゴムが,皆さんの繋がりを生みだす第一歩になってもらえることを期待しています。 各学部の消しゴムは,あなたの学部を周りに知らせ,周りの学部をあなたに知らせてくれます。同じ学部同士の交流はもちろん歓迎ですが,他学部の方の学問や自分との考え方の違いを是非楽しんでみてください。

のだ暮らし応援交流ツアー

関西での防災啓発活動

☆あなたも参戦してみませんか?大阪大学構成員で参加者を随時募集中です‼教職員、部活、サークル、研究室などで「おすすめしたい本がある!」という方は、ご一報ください♪

mail⇒[email protected]あなたのとっておきの本を是非ご紹介ください。

ブックコレクション企画運営

松行 輝昌(産学共創本部)吉田 弥生(大阪大学附属図書館)肥後  楽(大阪大学21世紀懐徳堂)

中村 征樹(全学教育推進機構)朴  寿美(大阪大学生協)沢村 有生(大阪大学21世紀懐徳堂)

2017年10月10日発行 / 大阪大学生活協同組合 / 3000部

Page 15: 大阪大学書評対決 ブックコレクション - Osaka Univ€¦ · 韓国のチャンピオンに「お前は兵役を経験していない。戦場での本当の飢餓を経験し

後援 大阪大学全学教育推進機構   大阪大学21世紀懐徳堂

☆本があるのは…●大阪大学生協 豊中書籍ショップ/ 工学部書籍ショップ(センテラス2階キャンパスサポートセンター内)/ 本部前ショップ/医学部ショップ/箕面シャンティ●大阪大学附属図書館 総合図書館(豊中)/ 理工学図書館(吹田)

☆書評がよめるのは…●大阪大学生協書籍ショップと図書館にある冊子●大阪大学生協 HP 内のブックコレクションページ http://www.osaka-univ.coop/event/07_4.html

ブックコレクションは大阪大学の教員と学生団体が毎月それぞれ“おすすめの5冊”の書評を執筆し、生協で展示販売し、その売り上げによって勝敗を競う企画です。

ページでは書評をいいね!で評価していただけます。

ブックコレクション 検 索

3 年目…2016年度 教員 5 対 学生 5 で引き分け2 年目…2015年度 教員 5 対 学生 5 で引き分け1 年目…2014年度 教員 4 対 学生 5 1 引き分けで学生の勝利

▶過去の対戦結果